新しい建築のおおらかさを求めて

社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。

部品に社会性をもたせる、建築家ならではの提案とは?

第25話

部品に社会性をもたせる、建築家ならではの提案とは?

藤田雄介│Camp Design Inc.

2020.07.20

藤田雄介氏によると「窓や建具は内外や室同士の距離を変化させられるエレメント」。ポストコロナの住宅において、その重要度はさらに高まるだろうと言う。

「戸戸(コト)」についてからお話しいただけますか?

藤田雄介(以下、藤田):建具メーカーという形で自社運営しているもので、製作はこれまでかかわっていただいた職人さんや木工作家の方々にお願いしています。要はうちで住宅設計などした際につくったプロダクトを自分のプロジェクトだけで完結しないで、他の人にも使ってもらえるような形で流通させる、そのためのプラットフォームですね。それ以外にも、オーダーでつくって欲しいとか、現行品の一部を変えたいとか、特注品になってしまいますが、そういった依頼も結構あります。また、刺繍絵を張った布框戸を作家の方とコラボレーションしたり、リノベーション会社などが建具だけ少しアクセントを付けたいというとき使ってもらっています。

「戸戸(こと)」

「戸戸(こと)」ホームページ http://koto.tools

木製ですね。

藤田:そうですね、やはり加工のしやすさ、価格面からも基本は木です。スチールを使ってみたいと思うこともありますが、オーダーいただくのもほとんどが木ですね。

ガラス戸もありますね。

藤田:ガラス戸もありますし、布を張った建具もあります。布の場合は自分でDIY的に取り替えることもできます。また、小さなお子さんがいらっしゃる場合は、オーダーでポリカという選択肢もあります。

どの素材が人気ですか?

藤田:布を使った建具はつくっているところがあまりなく、特徴的なので引き合いは多いです。それからガラス戸は、框の寸法を特徴にしています。木枠建具という製品では、框の見付けが30ミリ、見込み60ミリと通常ではない仕様になっていて、特に見付けは鴨居や欄間の枠とも同じ厚みでできています。枠も框も同じ厚みという見栄えはあまりないので、そこが特徴であり、注目されているところだと思います。

「戸戸」木枠家具

「戸戸」木枠家具
框の見付けが鴨居や欄間などの枠と同じ厚みでできており、枠との一体感と細い框による透明感の両方を併せもつ。

ガラスという素材についてどのようにお考えですか?

藤田:ガラスは基本的な素材で、透明のガラスやフロストガラスを使ったりしますが、ガラスと枠を組み合わせたとき、どういう存在感になるか、向こう側の距離感はどうか、ガラスはそういう境界のあり方を変えるものだと思います。微妙な寸法の調整なのですが、そうすることでこれまでとは違う質の建具はできないかと考えながらつくっています。

建具はリノベーションの中で重要な要素ですか?

藤田:そうですね、部屋と部屋の関係性をいかにつくるかという時、壁で仕切って扉一枚では本当に普通の個室になってしまいます。主に引き戸を使うことが多いのですが、開き加減で関係性が変わったり、閉めたときもガラスで向こう側が見えていても、少し仕切られている感じだったり、距離が生まれている感じが出せるので、特にマンションのリノベーションなどではかなり効果のあるエレメントになると思います。

なるほど。ところで「花畑団地」がデビュー作になりますか?

藤田:名前を知ってもらう機会になったという意味ではデビュー作と言えるかと思いますが、それ以前にもいくつかマンションのリノベーションなど手がけています。そうした仕事をするなかで建具の重要性を実感してきたという感じで、花畑団地ではそれをもうちょっと外側にもってこられないか、建物自体も表情を変えるようなことはできないかと考えました。また、花畑団地では断熱性とサッシの歴史をもう一度振り返ってみる機会にもなりました。アルミサッシは、団地が大量に供給された時代に発達、普及したものですが、今の時代に合わせて、そうではない別の選択肢、木製サッシを提案しました。そういうパラメータを増やしてみたのが花畑団地でした。

反響はありましたか?

藤田:コンペだったこともあってかなり注目され、知っていただく機会になったと思いますし、もともと団地でこういう試みはおそらく前例として少なかったこともあります。それでこれを見た方から依頼を受けるということが今でもありますから、反響は結構大きかったのだと思います。

花畑団地27号棟 東京都足立区 2014年

花畑団地27号棟 東京都足立区 2014年
写真:長谷川健太

住んでいる人たちの評価はどうですか?

藤田:木の表情がいいとか、温かいという声を聞いています。それから、各住戸に一個ずつ半屋外のルームテラスを設けていて、面積は減るのですが、こういう場所がベランダプラスアルファとしてあると、余白というか余裕が出て、いろいろな使い方ができるのでありがたいという声も聞きます。実際かつての団地の標準サイズ45㎡は、普通に暮らすとなると、今や四人家族では絶対に厳しい。事業者のURも企画の時点で若い世代に入ってもらいたいと、DINKSや単身者をターゲットにしていましたので、少々面積を減らしても大丈夫であるとご理解いただけました。

リノベーションは企業も手がけるようになってきており一般化したと思います。その中で建築家の役割として、社会性のようなものを提案できないかと思っていますが、どうお考えですか?

藤田:デザインの前段のところをポイントにするとアウトプットが均一化してくるというか、そこに変化が求められないからみんな飽きてしまう。アウトプットに対して何ができるか考えると、建築家であれば一戸一戸、一品生産するから局面が変わってきます。そういう意味で自分が「戸戸」でやっているような部品を流通させる活動は、一般の方もDIYで使えるし、リノベーション関係の会社や店舗設計でも使ってもらう可能性が増えてくると、コミットできる部分、裾野が広がっていく。そういう意味もあって始めたという経緯もあります。最初の頃、マンションのリノベーションで50㎡とか本当に小さなところで終わってしまうのが、建築家としてここで終っていいのかという思いがあって、もっと都市レベルで何かできないかと考えたときに、部品だけ派生させるというのが一つの手立てなのかなと考えたのです。その部品のつくり方などに社会性をもたせることができないか。例えば地域材をうまく使うとか、そういうところで今後できることがあるのかなと。「戸戸」の場合、今考えているのは、建築と関わりがあった漆など工芸的なものを建築と再度接続させることです。そこはハウスメーカーといった住宅産業が発展し増大したことで断たれたところで、そういうものを再び建築と接続させる回路みたいなものがつくれないかなと思っています。また、昔はまちに表具屋さん、経師屋さん、建具屋さんなどがいて、障子や襖を張り替えてもらうとか、修理してもらうことができました。そういう生産の循環システムみたいなものがあったと思うのですが、例えば襖はダン襖のような既製品になってしまい、壊れたら捨てるか交換するしかない。かつての循環システムが今ほとんどなくなってしまった。そういったものを、小さいながらももう一度生み出せないかなと考えています。

最近のプロジェクトをお聞かせください。

藤田:最近は、戸建てのリノベーションや新築が多いですね。例えば「AKO HAT」(2019年)は、打ちっぱなしのRC造で断熱がほとんどない住宅のリノベーションでした。環境性能の面で過酷な状態だったので、それをどう改善するかというところから始めて、建物の表情も本当にコンクリートの塊だったので、それも変えていく必要があるかなと思いました。建設当時は周りには何もなかったそうですが、今や中心市街地のような場所になっていて、北側には市民ホールと緑道が、西側には公園ができ、かなり人が行き交うエリアになっています。それに対して閉じた箱のようになっていたので、周辺に対するたたずまいというか、構えをどう変えられるか考えてみました。そこで木質の帽子をかぶせたような構成にして、各面で異なる形状の庇をつけています。それによって面ごとに異なる周辺環境に対して、それぞれに応答する構えをデザインしたわけです。建物の周りの軒下には回廊土間をつくり、南側だけ増築するような形でサンルームにしていますが、ここでちょっと環境的なチャレンジをしています。というのは、通気があまりとれていない構造だったので、新しく窓をつくることもできなくはないのですが、大変な工事になってしまうので、それ以外の方法を考えたわけです。そこで、サンルームと2階の窓を連動させて、木造などでもよくある胴縁の通気層のようなものを大きめにとって、サンルームから2階の窓までの空気の流れをつくり、1階と2階の建具の開け方を変えることで熱や空気の流れをコントロールすることを考えました。冬はサンルームへの日射がかなりあるので、夕方に内側の窓を開けると、下にたまった熱が上に流れ込むかどうかというシミュレーションをしたところ、3度くらい上がるという効果が検証できました。

AKO HAT 兵庫県赤穂市 2019年

AKO HAT 兵庫県赤穂市 2019年
写真:長谷川健太

なるほど。

藤田:「傘と囲い」(2018年)は、メーカーの型式認定だったプレハブ住宅の改修計画です。基本的に木造などと違って、こういった型式の軽量鉄骨プレハブ住宅は、リノベーションのしようがないというか、本当に手の付けようがないところがあって、法的な意味でもかなり難しい。お施主さんは普段は住んでいないのですが、家族が年に一回集まれるように使いたいと、建て替えではなく、なんとかリノベーションして欲しいという依頼から始まったものです。普通に考えると新築にした方がいいと思うのですが、かつて家族みんなで暮らした記憶を大切にしたいという思いが強かったようです。基本的な構成としては、既存の基礎の外周部に増築扱いで抱き基礎を行い、その上に木造の新しい外壁というか、囲いのようなものをつくっています。それが新しい構造体として建物の耐震性をより高める存在になるというつくり方をしています。軽量鉄骨の改修は、普通外壁を全部取っ払うと大規模修繕にかかってしまうので、行政に相談した上で、まず外側に外壁をつくり、その後に内側のもともとあった外壁を取り除くというスキームで進めることで、確認申請不要の改修にすることができました。外壁以外の屋根などは既存のまま使い、内部はもともとの構造を現しにしています。外側の新しい囲いというか壁は、梁のところで緊結して一体化させています。さらに開口部の取り方もかなり変えています。以前は取ってつけたような場所に窓が開いていたのですが、もう少し周りの環境に合わせて開口をとれるような造りにしています。

傘と囲い 2018年

傘と囲い 2018年
写真:長谷川健太

新築プロジェクトは?

藤田:つい先日引き渡しが終わった茨城県常陸太田市の店舗併用住宅があります。構造的には非常に一般的な家形の建物ですが、店舗と住宅部分の間に通り土間を設けて、室内のフロアレベルとしてはつながってはいないのですが、上の妻部分の空間はつながっているという構成です。店舗と住居の距離感、まちや周辺との距離感をどう考えるか、「離れているがつながっている」状態をどうつくるかがこのプロジェクトのテーマでした。ここでは、プライベートの度合いによって屋根の軒の長さを変えていて、例えば寝室部分の軒がいちばん深くなっています。「離れているがつながっている」状態は、隣地との関係性、距離の取り方においても重視しました。心理的な距離と物理的な距離感は意外と比例しません。例えば敷地から瑞龍山(水戸徳川家累代の墓所)という有名な史跡が見えるのですが、そちら側は全面ガラス張りとして眺望を取り込みつつ、隣地の空き家とは軒によって距離をとっています。離れているものと繋がり、近いものとの距離を保つ、そのような状態をいかに建築的につくりだすかを考えました。

店舗併用住宅 茨城県常陸太田市 2020年

店舗併用住宅 茨城県常陸太田市 2020年

今回の新型コロナウイルス災禍は物理的な距離感が課題のひとつになっていますが、今後、建築や住宅にどのような影響を与えていくと思いますか?

藤田:確実に影響が出てくると思います。自粛生活で家にじっと閉じこもるのは、充実した住環境をもつ人はいいですが、そうでない人はつらい。そういう人には、戸外のような場所をいかに家の中へ、生活の場にもち込めるか、あるいはまちとつながっているという感覚をどうすればもてるかということが重要になってきます。つまり、なにと繋がり、なにと離れるかといった距離のとり方が、住宅をつくる上で重要なテーマになってくると思います。そういう意味では、窓や建具は内外や室同士の距離を変化させられるエレメントです。また軒も同じような効果をうみだせるものだと思います。これらの要素の重要性が、今後ウィズコロナの時代においては、さらに増していくのではないでしょうか。

【写真】藤田 雄介氏
藤田 雄介 ふじた ゆうすけ
1981年兵庫県生まれ。2005年日本大学生産工学部建築工学科卒業。07年東京都市大学大学院工学研究科修了。08~09年手塚建築研究所勤務。10年~Camp Design inc. 主宰。13~16年ICSカレッジオブアーツ 非常勤講師。15年~19年明治大学 兼任講師。17年~東京電機大学 非常勤講師。18年~工学院大学 非常勤講師。

インタビュアー

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー。生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆、ならびに展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

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