新しい建築のおおらかさを求めて

社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。

まちとの関係性をトータルに考える

第29話

まちとの関係性をトータルに考える

浅井正憲、浅井百合|浅井アーキテクツ

2020.11.02

地域に開かれた神社として人気の亀有香取神社。その再整備計画を手掛けた浅井アーキテクツが語る「まちとの関係性を全体としてトータルに考えた建築」とは。

お2人とも新居千秋さんの事務所出身ですね。

浅井正憲(以下、浅井M):大学院生時代に新居さんの事務所で模型製作のアルバイトをしたことがあって、それまでうまくいかなかった模型をきれいに仕上げたということで、新居さんから声をかけていただき、定期的に働かないかと言われたのがきっかけです。実はそれまで新居さんのことは雑誌で作品を見て知っていたくらいだったのですが、徐々に面白いなと思うようになり、院生2年目には就職させてくださいとお願いしました。在籍中、仕事は大変でしたが、とても有意義な経験をさせてもらい、今も自分の師匠は新居さんだと思っています。

浅井百合(以下、浅井Y):私は大学が武蔵工業大学(現東京都市大学)なのですが、初めてお会いしたのが3年生のときで、新居さんの講義をとっていました。その後、新居さんから一度事務所にバイトに来るよう言われました。そこでポートフォリオをもって伺うと、私の図面を赤だらけにして直して来いと。バイトもするようにと言われて2ヶ月くらいお世話になりました。その後大学院を出たら事務所で採用するということで、Y-GSA(横浜国立大学大学院)を修了してから入所しました。

なるほど。ところで「亀有香取神社」のプロジェクトに興味をもったのですが、概要をご説明していただけますか?

浅井M:JR亀有駅から南に少し歩いて環状7号線にぶつかる角地にある神社です。さらにその少し南を走る(旧)水戸街道を東に進んで中川を渡ると、水戸街道の基点千住宿から1つめの宿場町、新宿(にいじゅく)があるという立地です。いわゆる村の鎮守で、祭祀、祭礼には多くの人が集まる社だったそうです。もともとこの辺り一帯は商業的にも活気があったのですが、環7が通ったことでまちが分断され、廃れるまではいかないまでも活気が少し失われていたところに2006年、隣接地に大型の商業施設がオープンします。そこが駅から神社の前を通るというアクセスだったため、行き帰りの途中立ち寄って参詣するという人がかなりの数にのぼるようになった。ところが、施設、設備の不足、老朽化で、お待ちいただく場所がなかったり、バリアフリーでないなど、参拝者に提供できるサービスという面でいろいろ悩みの種があったところからスタートした再整備計画でした。

社務所棟は建て替えですね。

浅井Y:そうです。旧社務所は本殿と少し離れたところにあって、かなり老朽化していました。お祓い、ご祈願等で参拝者が多く捌き切れないこともあったので、新社務所にはそうした機能も追加しようかという話もあったのですが、やはり神事は本殿のみとすることになり、社務所はあくまで本殿をサポートする施設として、本殿に寄り添うように配置し直しました。内部は授与所、事務所、待ち合いや直会に分割利用できる参集殿などから構成されています。また、以前は段差があったり、沓脱があったりしましたが、社務所から本殿まですべて土足化、バリアフリー化して、エントランスホールに入って本殿を眺めながら長いスロープを徐々に上がっていくという動線計画にしています。

亀有香取神社 東京都葛飾区亀有 2018年

亀有香取神社 東京都葛飾区亀有 2018年
写真:FUMITO SUZUKI

カフェ棟を新築していますね。

浅井M:例えば帝釈天なら柴又駅から二天門までの参道に茶屋や土産物店などが軒を連ねていますが、亀有駅からこの神社までの小路には、まちとして参拝者に提供できるようなエンタテインメントがありません。宮司としてはそこが香取神社の参道的な小路にならないかと願っていたのですが、なかなかそうはならない。それならいっそのこと境内に茶屋をつくってしまおうと考えたわけです。最初は有名カフェチェーン店の誘致も考えたのですが、あまりに商業的すぎないかと。また、宮司の希望は地元の方でずっとここに根付いて営業してくれる人がいいと考えていらっしゃった。そこで、隣の金町にあった宮司も旧知の洋菓子店(ラ・ローズ・ジャポネ)に声をかけたところ、ちょうど契約更新に合わせて店舗拡張を考えていたという絶妙のタイミングで入居が決まりました。計画はこの茶屋棟と社務所棟の新築、境内のバリアフリー化等を中心に策定されました。

以前から宗教施設に関心があって、積極的に地域に開けないかと思っています。

浅井M:ここの宮司もまちのことを非常に考えている方で、お参りするかしないかにかかわらず、気軽に日常の中で立ち寄って欲しいと、茶屋棟にケーキ屋さんを誘致したのもそのためです。このケーキ屋さんを目的に来てもらってもいいし、席数はあまり多くはないのですがカフェがありますから、例えばご祈願に来た参拝者が待ち時間に利用してもいい。そういった時間の過ごし方を、様々な人に体験して欲しいというわけです。

亀有香取神社 東京都葛飾区亀有 2018年

亀有香取神社 東京都葛飾区亀有 2018年
写真:FUMITO SUZUKI

浅井Y:もうひとつ、そうした宮司の考えが現れているところがあります。社務所を本殿に近づけたことで環7側、亀有駅方向に視界が開けた広場ができたのですが、実は工事が完了したらここにあった提灯棚を再設置する予定でした。ただ、社務所棟、本殿、茶屋棟でコの字型に囲まれた広場が広がる開放感を大切にしたい、提灯棚で閉じた空間にしたくないという宮司の意見でそのままにすることになりました。環7を車で走っていても必ず認知できますし、これだけまちに開かれた神社はあまりないと思いますね。

なるほど

浅井M:東日本大震災では東京も大きく揺れましたが、あの時隣の大型商業施設は来場者を建物から退避させ施設を閉鎖したため、大勢の人がこの神社に集まったそうです。避難場所に指定されているわけではないのですが、ここに空地があることがわかっていれば、今後何らかの災害があった時も、避難場所として使ってもらえばいい。宮司の頭の中ではいつも神社とまちがつながっています。

社務所は天井がきれいですね。天井をどうデザインするのかは重要なテーマだと思います。

浅井M:今回照明をシリウスライティングオフィスさんにお願いしていますが、なるべく天井にダウンライトなど照明を付けたくないと、天井を照らすことで明るくする方法を考えてくれました。
屋根は雨を流すために最低二寸勾配はとろうというルールを最初に決めました。その中で一番低い点とこれだけはとりたいという天高の点を決めて勾配を決め、面がなるべく細かくならないように結んでいきました。こういった3次元的操作は三角形分割、ポリゴンにすれば、正直どんな形状のものでもポリゴン化できて二次元の面で構成できますが、これはポリゴンではなく、二次元の面でやっていて四角い面も当然あります。

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亀有香取神社 東京都葛飾区亀有 2018年
写真:FUMITO SUZUKI

神社やお寺は屋根が特徴というか、それをどうデザインするかが大きなテーマだと思います。社務所棟では屋根をどうするかといった議論はありましたか?

浅井M:ありましたね。ただあくまで主役は本殿であり、社務所は本殿をサポートする建物ですから、神社の中のそういう位置づけとしての屋根を考えました。宮司からはディテールは現代建築っぽくてもかまわないということで、四角い箱でもよかったのかもしれませんが、やはり広場方向への勾配でスケールダウンしておかないと雰囲気が壊れてしまう。とにかく本殿より主張しすぎてはいけないという意識が常にありました。また、環7沿いの防火と高度地区の関係で7m以上の高さが必要だったので、できるだけ7mのボリュームを追いやって、本殿に近いところは控えめにしました。

屋根の素材は何ですか?

浅井Y:本殿は銅板を使っていますが社務所はチタン亜鉛合金です。非常に耐食性が高く50年、いや100年はもつとも言われています。質感もしっかりしていて、パリのアパルトマンの屋根などによく使われています。銅は緑青だけなら味わいが出るのですが、その欠点は環7のように交通量の多い道路に近いと、鉄粉が舞ってきてもらい錆してしまうことです。実は当初本堂と同じ銅も検討したのですが、コスト的に見合わなかったという事情もあります。

素材の話が出たところで、ガラスという素材を建築の中でこれまでどのように使われたか、また今後どのように使いたいと思っているか、お聞かせください。

浅井M:これまではガラスと窓を同義のように使っているケースが多いですね。施主と会話していてもここはガラスでと言うと窓という意味であったり。そういう意味では、非常に多めに使うようにしています。特に方角や周りの状況によって日射がここはあまり気にしなくていいなと思ったら、大きく開くようにしています。
ガラスの話になるとどうしても窓の話をしてしまうのですが、例えば構造で使うとか、そうじゃない使い方もあると思います。ある住宅(池田邸)では2つのボリュームの間に全面ガラスの屋根を架けて内部空間とし、その上に2階のデッキテラスが日除けの木製ルーバーとなるように配置しています。時間によって差し込む光が変化したり、雨の日は流れる水を眺めたり、ガラスならではの体験ができる空間になっています。

池田邸 あいだに住む家 / HOUSE I 東京都世田谷区 2013年

池田邸 あいだに住む家 / HOUSE I 東京都世田谷区 2013年
写真:小川泰祐

この神社ではガラスをどのように使いましたか?

浅井M:コアの構造を決めて、あとは屋根を掛け、なるべく先端は鉄の細い柱で受けるようにして、機能に合わせて屋根までのサッシを入れています。特に東側は本殿と挟まれて1日光が入ることがないので全面ガラスにしています。選択的にやっている面もありますが、基本的に梁を出さずに天井面に対してサッシが伸びていくようにして、内部と外部の境をあいまいにするというか、つながりを強く意識したデザインにしています。

浅井Y:あまり室内という感じではなく、できるだけ軒下の空間という風にしたかったこともあります。あとは、やはり結露が非常に気になるので、単板ガラスにするかペアガラスにするかはよく議論になります。ただ、複層でコーナーをつくるのは大変なので、コーナーで合わせたいときは単板にして、空調の向きを工夫して結露を防ぐなど、別の方法を考えるようにしています。

なるほど。次に三浦工務店の新社屋プロジェクトについてお話しください。

浅井M:三浦工務店は従業員数100人規模の工務店で、本社が老朽化し事務所が何カ所かに分散していたことから、創業55周年を節目に集約して業務の効率化を図る目的でスタートした新本社屋計画です。周りが住宅地であるため、低層に抑えようということで3階建てとなりました。また、創業者が木に非常に愛着があったことから、ファサードに木を使いたいということでした。
もともと創業者は秋田出身の大工で、腕のいい職人さんだったそうで、上京して足立区で工務店を起こされた。木が好きで材木商の鑑札ももっておられたほどで、ちょっと離れたところにある資材センターには今でも創業者が集めた銘木が山積みになっています。実際三浦工務店は寺社仏閣も手がけるなど、木造建築を得意とする工務店として有名です。

クライアントとはどのような打ち合わせをされましたか?

浅井Y:社長、会長を含め毎回7、8人の担当者に囲まれて打ち合わせをするのですが、当然全員建築に詳しいので、要望を取りまとめるのが大変でした。ここは誰の席かなど細かく指示があって、オフィスをつくるというよりは100人の家をつくっているような感覚でした。社長からの要望は、お客さんがオフィスに入ってきた瞬間に社長と会長が見えるようにして欲しいということと、とにかく全体が見渡せるようにしたいということで「全社員の顔が見えるオフィス」を目標に、オープンスペースがずるずるとつながっていくような執務空間にしています。

特徴的な木のファサードについてご説明ください。

浅井M:最初、窓はできるだけ開放性を高めたいと思い、カーテンウォールをある程度使ったほうが気持ちいいオフィスになるだろうと考えていました。次に木を使いたいという三浦工務店の要望で、木のルーバーがすぐに頭に浮かびましたが、それはすでに事例がいくつもある。一方でこの工務店には、先ほど言ったように寺社仏閣を手掛けるほどの優秀な専属大工さんがいらっしゃる。その大工さんたちに活躍してもらい、技術の高さが目にみえるようにしたいということからこういう二重の格子と庇の外装になりました。
材寸は3寸5分とかなり太いのですが、エステックウッドという窒素加熱処理されたヒノキ材で、おそらくここまで太い部材でデザインする人はいないと思います。ただ写真で見るとそこまで太い部材に見えないのは、最大4メートルの材を使っているからです。重さも熱処理されているため、生の木よりはかなり軽くなっています。木格子は仕口を渡り顎、ほぞ差し等の在来木造のものとして、自社大工による施工で実現しました。

三浦工務店新社屋 東京都足立区 2018年

三浦工務店新社屋 東京都足立区 2018年
写真:小川泰祐

三浦工務店新社屋 東京都足立区 2018年

三浦工務店新社屋 東京都足立区 2018年
写真:FUMITO SUZUKI

浅井Y:また、格子のパターンはアルゴリズムエディターのグラスホッパーを使って点発生させて、これが良さそうだなというモデルを決めて格子に変換、レイヤーを2つ重ねています。1枚目のレイヤーと2枚目のレイヤーを噛ませることで面としての剛性が高まりますから、できるだけ支持点を少なくすることが可能となりました。
当初これで計算すると、日射の遮蔽率が25%でした。もう少し日射遮蔽が欲しかったのですが、これ以上密にすると重くなりすぎる。そこで発想を変えてすのこ状の庇を分散配置しました。これによって遮蔽率50%近くまで上げることができました。また、木格子を2層にしてさらに庇をつけたことで、面のデザインではなくそこに空間ができて建物の周りを空間が回っているような、緩衝帯のような奥行き感が出てきたのが面白かったかなと思います。

浅井M:竣工後中に入ってみると、結構囲まれている感が気持ちいい。住宅街にガラスのカーテンウォールだけだと、おそらくそうした囲まれている心地よさはなかったと思い、このデザインの効果が出ているかなと思います。まちの側からもビルの内部から見られている感じが非常に減るので評判は悪くないですね。
使用した窒素加熱処理された木材も約2年で結構色褪せてきています。ただ、古い寺社仏閣は色が褪せてきて雰囲気が出るもので、おそらく施主はそれを狙っているというか、あえて塗ったりしないでどこまできれいに色褪せていくか実験している面もあるのかなと思います。

建築家だからできるオフィスのデザインというか、オフィスのデザインにおける建築家の強みとは何だと思いますか?

浅井M:建築家はまちとの関係性を全体としてトータルに考えることができるというのが強みだと思いますし、三浦工務店はそういうことを非常によく考えたオフィスになっています。

三浦工務店新社屋 東京都足立区 2018年
浅井正憲 あさい まさのり
1974年富山県生まれ。98年東京大学工学部建築学科卒業。2000年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。00〜13年株式会社新居千秋都市建築設計。13年浅井アーキテクツ一級建築士事務所設立。

浅井百合 あさい ゆり
1985年神奈川県生まれ。2007年東京都市大学工学部建築学科卒業。10年横浜国立大学大学院Y-GSA修了。10年~12年株式会社新居千秋都市建築設計。13年〜浅井アーキテクツ一級建築士事務所。

インタビュアー

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー。生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆、ならびに展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

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