第1話
倉庫を改修した路面店。バリスタが活躍する舞台をつくる。
林 洋介|14sd / Fourteen stones design
2022.08.08
エリアがもつ文脈を解釈し、元倉庫の外観を残しながらガラスの開口で内外をつなぐ。 バリスタの技術を見て楽しむための空間とゆったり座ってコーヒーを楽しむ空間をデザイン。
清澄白河の元倉庫を改修したKOFFEE MAMEYA-Kakeru-についてお聞きます。KOFFEE MAMEYAというブランド、施主の要望からご説明ください。
林洋介(以下、林):
2011年にバリスタの國友栄一さんが表参道の路地裏の古民家に最初のコーヒーショップOMOTESANDO KOFFEEを出店しました。そのクリエイティブ・ディレクションを担当された加藤智啓さんにお声がけいただき、インテリアのデザインを手がけたのが始まりでした。
OMOTESANDO KOFFEEは國友さんがお客さんの好みを聞きながら一杯ずつコーヒーを淹れるというお店で、その接客重視のスタイルが、感度の高い海外からの観光客の目に止まり、SNSで一気に広まり、海外の雑誌に取り上げられるようになりました。その後、古民家が建て替えられその建物にテナントとして入り、2017年からはKOFFEE MAMEYAとして営業しています。
左はOMOTESANDO KOFFEE(2011~15年)PHOTO:HIROKO TSUKADA。右は同じ場所に建て替えられたビルに入居したKOFFEE MAMEYA (2017年~) PHOTO:OOKI JINGU
國友さんは、家で淹れるコーヒーの質の向上をコンセプトにされていて、お客さんが家でどんな器具を使ってどのようにコーヒーを淹れているかまでヒアリングして豆を売っておられる。それがバリスタという職能の向上、認知につながるという考えです。そういう活動を続けているうちに「バリスタの仕事とは、単に機械を操ってコーヒーを淹れるだけじゃない、それ以上の技術、経験、知見が求められる」という國友さんの考えに共感するバリスタたちが集まるようになり、その一つの到達点としてできたのがこのKOFFEE MAMEYA-Kakeru-です。
國友さんの要望は、一言で言えばバリスタのサービスに特化した空間にしたいということでした。また、例えばバリスタとパティシエ、バリスタとシェフの競演というように、いろいろな専門性をもった人を呼んで、コーヒーをテーマに定期的にスペシャルコースを用意したり、コーヒーカクテルのようにお酒との組み合わせを提案したりする。Kakeruというのは掛け算の掛けるで、バリスタの仕事に他の専門性を掛け合わせるという意味です。
なるほど。それで林さんはどのような姿勢でデザインされたのでしょうか。
林:
私はブランドの文脈、歴史や良いところを解釈して、それまでなかった違う面などを自分なりに抽出して形にします。ですから抽出できるものがたくさんあるブランドだと、結構アウトプットも面白くなります。
さて立地する清澄白河はどのようなエリアであるととらえましたか。路面店の場合、やはり前の道路や周辺がどのような状況かを解釈してデザインを考えると思います。
林:
まちとその通りに影響を与えるという意味で路面店というのはとても面白いですよね。今回のようなケースはなかなかなくて、どうしても商業施設の中にテナントとして入ることが多い。そのまちの環境や空気のようなもの、駅からその物件までの人の流れ、どういった世代の人が暮らし、行き来しているのか、他にどういうお店があるか、そういった情報を全部インプットしながら答えをだしていくデザインが個人的には好きですね。
お店ができるとまちが変わる。ここもそうですが、ひとつプレーヤーが成功すると、一気に新しい店が出てくる。力のあるプレーヤーと物件のマッチングでまちが盛り上がる。実は清澄白河で代々不動産業を営んでいる方がここも含め、ユニークな業態のショップを次々と誘致されていて、要は自分がこのまちに来て欲しいテナントに直接コンタクトをとっているようです。そういう人の存在は重要なのかなと思います。
このエリアにはすでにブルーボトルコーヒーも出店していましたし、東京都現代美術館があったり、現代アートのギャラリーが次々とオープンしていたりと、意外と人の行き来があって、アクセスも悪くありません。
周囲は住宅ばかりですが、この店舗の外観はまさに倉庫然とした建物で、私たちはこのエリアがもつ文脈のようなものを解釈したうえで、外観はできるだけ触らないほうがいいと思いました。
経験上、手をつけ始めるとキリがないし、結局中途半端なものになってしまう可能性が高いと思ったこともあります。そこでキューブがブランドのアイコンでもあったので、KOFFEE MAMEYAがめざすサービスを象徴的に箱にして元倉庫の中に挿入すると面白いのではないかと思いました。
つまりOMOTESANDO KOFFEEから続けてきたブランドイメージを踏襲しつつ、バリスタが活躍する舞台のようなものをつくろうと考えたのです。もともとあった状況と計画したものを対比させ、縁をしっかり切りながら共存していける方法にしました。
元倉庫の外観はなるべく触らず、店舗サインも周辺環境に配慮してごく控えめにした。PHOTO:OOKI JINGU
ショップフロントのデザインについてはどのように考えましたか。
林:
コロナの影響もあって予約制にしていますので通りがかった人が偶然見つけて入るというお店ではありません。つまり、外に対して訴求する必要がない。また住宅の多いこのエリアに合わせて、店舗サインは極力目立たない、控えめなものにしています。
ガラス面は、もともと物品の搬入・搬出用のシャッターがあったところですが、ここを閉じてしまうと、あまりにクローズドな印象になってしまいます。このガラスのウィンドー面には、カウンターと背後の棚を象徴的に配置していますが、これが店舗サインの役割も果たしていると思います。昼間は逆光でよく見えませんが、曇りの日や日が暮れてからはやりすぎない程度に存在をうまく訴求できていると思います。
カウンターは、コーヒー豆をテイクアウトする人のためのスペースで、背後の階段状の壁、コーヒー豆を並べた棚は、その奥にあるゆったり座ってコーヒーを楽しむ空間とうまく縁を切る効果をねらっています。奥の人は外の様子を気にすることなく過ごせる、そうした空間構成や照明計画を心がけました。
ショップフロントのカウンター、その背後の階段状の壁は、その奥にあるゆったり座ってコーヒーを楽しむ空間とうまく縁を切る効果を狙った。PHOTO:OOKI JINGU
次に内装、家具、什器についてお聞かせください。
林:
OMOTESANDO KOFFEEは木のカウンターでキューブをモチーフにデザインしましたが、それがブランドのイメージになりました。そのイメージを踏襲しながら、階段状のディテールでバージョンアップしたというか、この店ならではの意匠を試みたという感じです。
長方形のボリュームを徹底的にデザインした。PHOTO:OOKI JINGU
林:
これまではキャッシュオンデリバリーという業態でしたが、Kakeruはお客さんに座ってもらってフルサービスでコーヒーを提供する初めてのお店です。お客さんは、お気に入りのバリスタにコーヒーを淹れてもらうためにいらっしゃるわけで、ここはバリスタの振る舞いをちゃんと見せる舞台。だから見せるのはインテリアデザインではなくバリスタの動き、あるいはそれを見せるためのデザインという考え方です。そこからコの字型の、一見お寿司屋さんのカウンターのような形になり、その周りにお客さんが座るというプランに決まりました。
その他の内装、既存の壁、天井は整える程度にして、とにかく長方形のボリューム内を徹底的にデザインしました。素材については手に触れるもの、コーヒーに近いものから優先的に良いものを使うようにしました。同じ理由から椅子もオリジナルでつくりました。チェアと1人掛けソファの中間くらいの寸法で、ゆっくり沈み込むような座り心地の椅子です。ファブリックはコーヒー豆っぽいグラデーションで何種類か選んでいます。合計28席で、そのうち3~4脚だけ倉庫時代の構造上の都合からハイスツールになっています。
カウンターの天板はジェライエローという石灰岩で、化石が入っていそうなちょっと時間の経過を感じさせる素材を選びました。カウンター内のバリスタが作業するワークテーブルには黒い御影石を使用しています。
特徴は、お客さまのカウンターとバリスタのワークテーブルの高さを同じにしていることです。多分この手の作業台としては高いと思いますが、その方がバリスタの振る舞い、手元がよりよく見えるからと、これは國友さんからのオーダーでした。お客さんもおいしいコーヒーを飲むだけでなく、バリスタの技術を見て楽しむためにいらっしゃるわけで、あえてそういう設定にしています。
オリジナルのチェアとスツール。PHOTO:OOKI JINGU
お客さまのカウンターとバリスタのワークテーブルの高さを同じにして、バリスタの手元がよく見えるようにした。PHOTO:OOKI JINGU
ECが普及しており、実店舗をつくる意味とは何かを改めて考えなければいけない時代だと思います。
林:
まったくそのとおりです。一番大切なのは体験を提供することだと思います。私もそういったことを日々考えながら仕事をしています。私は物販系の店舗の仕事が多いのですが、今かなりの数のお店が閉店や縮小する傾向にあって、デザインする側から何ができるのだろうかと常に考えています。
デザインされた空間とそこで提供されるサービス、その時間と体験に価値があるお店がつくれたらと、いつも思っていますが、万能の処方箋みたいなものはないですね。ただ、デザイン面での提案だけでなく、接客やサービスの提供方法、オペレーションなどについて、毎回何らかの提案はするようにしています。もちろんその通りになるとは限りませんが、少しでも「この店に来るとテンションが上がる」とか「買い物が楽しい、また来たい」と思ってもらえるよう、毎回じたばたあがいています。最近はお店で実物を見て、ネットで決済ということも多くなっていますが、それでもリアルショップが存在する意味はあると思います。
インタビュアー