第2話
ショップフロントという考えを捨てた、商品や人の活動がそのままに現れるデザイン。
萬代 基介|萬代基介建築設計事務所
2022.10.11
商品の背景まで伝える老舗刃物店の3店舗と、公園に「屋根」を掛け、人がいることで場を開いていく屋外ピザレストラン。
老舗刃物店「木屋」の3店舗を手がけられています。最初の「izutuki」からお聞かせください。
萬代基介(以下、萬代):
木屋さんは刃物を中心とした調理道具や日用品を扱ってきた老舗です。本店は江戸時代中期から日本橋にありましたが、日本橋室町東地区開発にともない、現在は「コレド室町」の1階にあります。「izutuki」はその本店の増床計画で、面積は約20㎡という小さな空間です。本店は従来通りの商品を並べる店舗ですが、増床部分は特別な場所として、どちらかというとギャラリーに近い運用の仕方をしています。定期的に商品の入れ替えをしますし、ある作家をフューチャーした展示をします。そういった場所として計画されました。
日本橋木屋 本店 izutuki。 PHOTO:Yasuhiro Takagi
設計の依頼があった時、僕はまず扱われている全商品を見せていただくとともに、その産地を木屋の担当者さんと一緒に巡り、どうやってつくられているのかを知ったうえでお引き受けしたいとお願いしました。そうやって見ていくうちにわかったのは、扱われている商品の一つひとつを職人さんがきちんと手づくりされているということで、そこに日本の風土から生み出された歴史のようなものを感じました。
そこで、単に商品を見せる場としてではなく、その背景がきちんと伝わるような空間にしたいと考えました。商品の密度を極力低くして、一つひとつがどこでどうやってつくられているか、背景まで見せるような空間と展示方法を提案しました。
空間としては消えていくというか商品だけが浮かび上がるようなディスプレイです。具体的には商品に合わせて1対1対応の形の違う棚をつくりました。棚板自体もステンレスのフレームに厚さ1.6ミリの鉄板を乗せ、FRPでテーパーをつけて小口を2ミリくらいにして極限まで薄くしています。また棚板は抜き差しができるようになっています。差し込み口は約40あり、展示する商品ごとに棚板ごと交換する。だいたい月に1度の頻度で商品の入れ替えをしていますが、商品しか表に出てこないため、展示品が変わるごとに空間も変わるという考え方です。
PHOTO:Mandai Architects
次にデザインされたのが東京ミッドタウン・ガレリア3階にある店舗ですね。その概要をお話しください。
萬代:
本店増床は、背景としての空間が消えていくというか、そうやって商品だけを浮かび上がらせるデザインでした。ミッドタウンの店舗は、商品を一つひとつ丁寧に見せるという基本的なコンセプトは同じですが、そこに歴史というか時間を空間の中に仕込んでいけないかと考えました。
ここでは長さ4.5メートルの大きな無垢の木を5本、空間に浮いているように配置しました。木屋さんは創業200年以上の老舗ですが、木も200年以上の樹齢のものを選んでいます。それから、ディスプレイに木を構造的に使うことは稀だと思いますが、ここでは木自体が自重と展示物を支えるという構造的な使い方をしています。200年以上の歴史をもつものが強度的にもデザイン的にも美しく使われるというイメージで設計しています。
日本橋木屋 東京ミッドタウン店。PHOTO:Yasuhiro Takagi
どのような木を使っていますか。
萬代:
展示する商品によって、木曽ヒノキ、米檜、ヒバ、赤松、杉と、すべて違う木を使っています。例えば包丁の展示台には木曽ヒノキを選んでいますが、それはまな板に一般的に使われる素材だからです。木屋さんには、道具は愛着をもって長く使うものだという考え方があって、包丁はもちろんですが、まな板も長年使用して凹んでしまったものを削り直して平らにするというサービスがあります。この展示台も同様に汚れたり傷ついたりすれば、かんなできれいにすればいいという考えで、すべて無塗装です。さらに、かんなで削れば樹齢が育んだ木の香りが空間に漂う。歴史を身体で感じるような空間づくりです。
それでは続いて東急プラザ渋谷内にある店舗についてお聞かせください。
萬代:
ミッドタウン店では木がモノの空間背景として出てくるようなことを考えましたが、さらにより時間が蓄積されたものをマテリアルとして使おうと石の大きなテーブルを設計しました。また、商品一つひとつに棚をつくった1店舗目と、木の陳列台をつくった2店舗目の考えを統合させたような設計をしています。一つひとつ小さなゾーンをもつ石の塊が連なって大きなテーブルを形成するというデザインです。
日本橋木屋 東急プラザ渋谷店。PHOTO:Yasuhiro Takagi
石を構造体の一部として使っているところはミッドタウン店と考え方は似ています。つまり脚は床から立ち上がっていますが、そこに梁などはなく、シンプルに石が乗っかっている。かつその石同士をダボで連結して全体の強度が生まれるように設計しています。インテリアで石を使うのは、床当たりの重量制限があるため実はなかなか大変で、ぎりぎりのところで石の厚みなどを調整しています。
使用している石は6~7種類くらいで、基本的には御影石を使っています。御影石でも産地によって色が全然違って、いろいろな産地の石を使っています。
展示ケースに高透過ガラスを使われたそうですね。
萬代:
そうです。包丁の展示ケースなどに使用しています。店頭でディスプレイする場合、包丁は危険物でもあり、防犯のためにも直には展示できません。とはいえきれいに見せたいので高透過ガラスを使いました。通常のガラスだと、少し緑がかって見えてしまいますから。
大型商業施設の中の店舗の場合、ショップフロントはどのような考えでデザインしますか。
萬代:
ミッドタウン店に関してはファサードをつくるショップフロントという考え方をむしろなくしていて、中がそのまま見える状態にしています。区画を最大限開放している状態です。もちろんガラスや壁を使ってファサードをつくることもできますが、1店舗目で考えていたことと同じで、建築やデザインが表に出てくるよりは、商品が一番印象として強く出てきてほしいと考えました。ショップフロントに商品が浮き上がってくるというイメージです。
日本橋木屋 東京ミッドタウン店。PHOTO:Yasuhiro Takagi
なるほど、では次に岡山市のプロジェクトについてお聞きします。新型コロナウィルス禍により屋外で過ごすことが積極的に受け入れられてきた状況で、公園にレストランをつくるというのは面白いなと思いました。その時ショップフロントのデザインをどうするかが大きなテーマになるのではないかと考えました。
萬代:
「石山公園の屋根」というプロジェクトで、屋外のレストランであることは間違いないのですが、公園の中に「屋根」を掛けるというプロジェクトです。石山公園は岡山市の後楽園近くの観光エリアにある小さな公園で、市は将来Park-PFIを活用するにあたっての社会実験としてこの公園にコンテナを設置、そこでテイクアウトコーヒー店のようなお店を運営する事業者を公募していました。Park-PFI(公募設置管理制度)とは、都市公園の施設整備を行う民間事業者を公募により選定する制度のことで、その公募を見た岡山のある事業者から声をかけていただき、テイクアウトコーヒー店だけではつまらない、もっと公園全体をレストランにするようなプランにしようと一緒に考えて岡山市にプロポーザルをして採用となったプロジェクトです。
「石山公園の屋根」 PHOTO:Fumihito Katamura
萬代:
コロナ直前にスタートしたプロジェクトで、コロナを意識して設計しているわけではありませんが、基本的に全席屋外。スタート時は窯でちゃんとしたピザをつくるピザ屋さんでした。岡山は気候の良い土地で、雨も少ないのでこういう場所ができればいいなと考えました。
この公園は緑豊かでとにかく立地が最高でした。また市内を流れる旭川に道路を挟んで接しており、川から気持ちの良い風が流れ込んでいる。そこに大きな屋根をかけて、風を公園の中に引き込むような建築ができないかと考えました。計画地には国と市の管轄エリアがあってその間に園路が通っています。普通はこういう場所に建築は建てられないのですが、屋根に当たる部分にアルミ蒸着塩ビシートを使用し、開閉式にすることで建築物ではなく工作物という扱いになり、設置が可能となりました。アルミ蒸着塩ビシートは風によってパタパタと柔らかく動くような構造になっています。また、ぎりぎり公園の樹木にあたらないところをねらってシートの大きさ、高さを設定していて、天井面はこの膜のシルバー、壁というか垂直面は樹木の緑によって空間が構成されるというデザインです。
PHOTO:Fumihito Katamura
できあがってみて感じたことはありますか。
萬代:
公園は基本的に誰が使ってもいい場所ですが、別の言い方をすると誰のものでもない。ところがこのお店ができてから、そこに必ずいる店員さんがいる。その店員さんが公園に来る人みんなに明るくこんにちは!と声をかけているためか、いつしか「あのお姉さんがいる公園」という感じに変わっていって、そういうことが開かれた公園になるきっかけになるのではないか。そしてレストランでピザを食べている人がいて、たまたま知り合いが通りかかって近くに座ったり、犬と散歩する人がいたり、そうやってゆるやかにこのレストランを使う人以外の人が巻き込まれていく、そういう状況はやはり店舗だけ設計していたらなかなかつくれない。公園の中にこういう施設をつくることで、接触面積がとてつもなく広くなる、インターフェースが多様に開かれているという状態がつくれるなと思いました。
PHOTO:Mandai Architects
インタビュアー