新しい建築のおおらかさを求めて

社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。

核心的な部分があれば寛容になれる

第2話

核心的な部分があれば寛容になれる

小嶋伸也、小嶋綾香 株式会社小大建築設計事務所

2018.08.01

東京と上海を拠点にグローバルに活動を展開する小大建築設計事務所。主宰する二人の建築家が隈研吾建築都市設計事務所で学んだ「建築のおおらかさ」とは?

香取慎吾さんとのコラボレーション作品「庵柔」はどういうきっかけで実現したプロジェクトですか?

小嶋伸也(以下、伸也):重い建築ではなく、移動して誰でも作れることを考えて、柔らかく、弱く、シンプルな組積造というコンセプトで設計したもの(mobile store for fashion designer、SDレビューSD賞受賞作品、2015年)でしたが、実現はしませんでした。その後、いろいろな人に興味をもっていただいたのですが、ずっと実現しないまま。それが、今年(2018年)になって、知人の紹介で実現することになりました。実現にあたっては、香取さんと話し合い、全体のボリュームや内部の構造を発表会場に合わせて設計し直しました。防災頭巾を組み合わせてドームをつくるのですが、その展開図に合わせて、香取さんが絵を描き下ろしてくれました。香取さん、この作品のコンセプトに結構共感してくださって、本当にアートと建築の密なコラボレーションができたと思っています。今回、3年越しでようやく実現できたことは、本当に感慨深いものがあって、僕たちにとっては、これが現時点での代表作だと思っています。

【写真】「庵柔An Ju」写真:堀越圭晋(株式会社 エスエス)

「庵柔 An Ju」
写真:堀越圭晋(株式会社 エスエス)

中国でカフェのデザインを手がけていますが、これはどういったきっかけですか?

伸也:隈研吾さんのところで働いていた時、中国出張中にカフェでたまたま知り合った人がお施主さんです。「君、日本人?」と声をかけられて雑談したのですが、その人、杭州市をホームタウンとするプロサッカーチーム(杭州緑城足球倶楽部)の現役選手で、当時はあの岡田(武史)さんが監督をされていた。「うちの監督、日本人だよ」ということで話がはずんで、SNSのアドレスを交換し、たまに連絡していました。独立後に彼から引退することになったという連絡がありました。「君、前職でアリババ本社とか担当していたよね。カフェをやりたいんだけど、設計してくれないか」と。それで3店舗、カフェの仕事をやらせてもらいました。中国の面白いところは、そのカフェを見たお客さんが、ホテルの設計をしてくれないかと依頼してくることです。さらに、そのホテルのお客さんの友人という方の紹介で上野のホテルのプロジェクトに繋がるという、本当に不思議な人の繋がりがあります。

そのホテルとは、どのようなプロジェクトですか。

伸也:一昨年完成した杭州のAventreeホテルで、リノベーションのプロジェクトです。エントランスの前が坂道になっており、ホテルへのアプローチに期待感をもたせるため、内外の仕切りと敷地境界線に仮囲いのようなものを建築の設計といっしょに考えて、3つの奥行き感をつくってみました。屋根の部分はコールテン鋼板で囲うようにしてシャープな印象にし、仮囲いのところには鉄パイプを入れています。坂道が始まるちょうど起点の高さに合わせて、アプローチすると一歩ずつ沈んでいって、包まれていくような感覚に包まれます。ホテルに対する期待感のようなものが創出できたと思っています。

【写真】Aventree Hotel、中国杭州市、2016年<br>写真:加納永一

Aventree Hotel、中国杭州市、2016年
写真:加納永一

上野のホテルはどのようなデザインですか。

伸也:間口が6mくらいと非常に狭い縦長の建物です。片廊下を入れるとさらに狭い。そこで、外部環境よりも内部のプログラムを重視しました。4m弱のスパンで鉄骨の柱を組んだのですが、11階建てなので普通なら800角くらいになります。それを300角弱、つまり3〜4階建てくらいの柱の平面にして、なるべく室内を大きく確保しました。よく柱型、梁型が出ているホテルがありますが、狭い空間にそうしたちりみたいなものが出ていると、非常に気になって嫌ですし、プランニングが制約されます。ここでは、ちりの部分の懐を使って両面開きの壁面収納にしていて、開くとそこにテレビやアメニティなどが収納できるようになっています。照明も、ちりをデザインに生かしてすっきりした印象にしています。廊下もスーツケースが柱に当たったりするので、幅木を柱と同面(ヅラ)にして、浮いているような感じにして、さらに照明を組み込むなどして、ちりの窪みへ入っていかないように工夫しています。つまり、ちりのようなものを、建築構造を読み解き、デザインすることによって、普通のビジネスホテルとはまったく違うものを目指しました。

【写真】Hotel Comfact、東京都台東区

Hotel Comfact、東京都台東区

そのほかに、中国の限界集落で進んでいるホテルのプロジェクトもあります。計画地は、30〜40棟の住宅が点々とあるような場所で、そのうちの6棟から8棟くらいの使用権をお施主さんが手に入れました。当初は改修だったのですが、かなり傷んでいたため、建築面積が増えなければつくり直してよいということになり、結局新築になりました。外壁が土壁で、中が木のラーメン構造の上に瓦屋根が載っているという建物です。

【写真】ORIGIN VILLA、中国浙江省桐庐县

ORIGIN VILLA、中国浙江省桐庐县

ガラスなど素材についても少しお聞きできればと思います。

伸也:透明なガラスは、重ねても感覚的には1+1が2にならない、透明のままです。ところが重ねると強度は著しく増える。そこが面白いところであり、他の素材とまったく違う点だと思います。ただ、インテリア以外で使用する場合は、環境性能がもう少し欲しい。先ほどの上野のホテルでは開放感を出そうと、Low-E ガラスを使用してルーフトップにしたのですが、電動スクリーンも入れて、断熱フィルムも貼っています。Low-E はいいとは思うのですが、遮熱性能とか、もう少し環境性能が高くなるといいですね。

【写真】Hotel Comfact、最上階ルーフトップ

Hotel Comfact、最上階ルーフトップ

おふたりとも隈さんの事務所の出身ですね。そこで学んだことは?

小嶋綾香:一つの素材の使い方に関して、いろんな捉え方ができるようになったことですね。ガラスひとつにしても、ただ単にガラスとして使うのではなく、ほかの使い方を考えられる目線を得られたかなと思います。もうひとつ学んだことで大切なことは、デザイン、設計の寛容性というようなものです。たとえば、最初決まっていたものが予算的にダメになったとき、隈さんはもっと厳しくこだわるのかなと思ったのですが、ここさえできれば、そこは頑張らなくていいよとか、妥協するわけではなく、バランスを見て受け入れていました。

伸也:その良い例が「雲南セールスセンター(進行中)」です。3つのボリュームが着地して、上に広がっていくような建物ですが、オリジナル案は5つのボリュームが着地して、上でつながっていました。クライアントからの要望で5本が4本に、4本が3本になったとき、隈さんに「こういう要望があるんですが、見た目のバランス、オリジナルの理想形も、屋外空間も全然違ってくるので、ちょっとだけでも交渉していいですか」と聞くと、「全然しなくていい、それでいい」と。驚いて、「どうしてですか」と尋ねると、隈さん、普段はこと細かく核心的な説明はしないのですが、「今、コンセプトデザインが始まった段階で一番重要なことは、こういう建築のストラクチャースケールが実現できるということ。そこが一番コアなところなんだから、ボリュームが5つになろうが3つになろうが、そういう話じゃない。そこができるのなら譲らなきゃだめだ」と。僕が思ったのは、核心的な部分がきちんとあるからこそ寛容になれる。それ以外のところは、プロセスを楽しんでいる。すべて完璧にしようとすると、すべてダメになる。そういうところが一番学んだところですね。

【写真】インタビュー風景
【写真】小嶋伸也氏、小嶋綾香氏
小嶋伸也 こじましんや
1981年神奈川県生まれ。2004年東京理科大学理工学部建築学科卒業。2004-07年中国大連にてフリーランス(加藤諭氏と共同)。2008-15年隈研吾建築都市設計事務所。2015年小大建築設計事務所設立。
小嶋綾香 こじまあやか
1986年京都府生まれ。2009年TEXAS A&M University 建築学科卒業。2012年SCI−ARC(南カリフォルニア建築大学)修士修了。2013-15年隈研吾建築都市設計事務所。2015年小大建築設計事務所設立。

インタビュアー

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー。生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆、ならびに展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

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