第1話
開かれた教室、地域コミュニティの拠点化をめざして
赤松佳珠子+大村真也|シーラカンスアンドアソシエイツ(CAt)
2021.04.19
教育施設を数多く手がけるシーラカンスアンドアソシエイツ。そのエッセンスがつまった近作のひとつ「流山市立おおたかの森小・中学校 おおたかの森センター こども図書館」から学校建築についてお話をうかがった。
打瀬小学校の内覧会にうかがったことを覚えています。それは1995年のことですから、もう26年も経っているんですね。本日は最近手がけられた小学校を例に学校建築についてお話しいただきたいのですが、どのプロジェクトをご紹介いただけますか。
赤松佳珠子(以下、赤松):そうですね、複合化とか、外に開くといった、これまで私たちがやってきたことが集約されているという意味では流山市立おおたかの森小・中学校がいいかと思います。 敷地は流山市の中でも新しい住宅地として開発がどんどん進んでいるエリアにあり、市街地とオオタカが営巣すると言われる「おおたかの森」の間に位置しています。 そもそも流山市は、市長の井崎義治さんが、子育てしやすいまちづくりを理想に掲げて市政を推進・運営されてきた。もともと井崎市長は、アメリカで都市計画などに従事されてきたこともあって、理想のまちづくりをここで体現されようとしています。その中で新しくまちをつくっていくにあたっては、小学校、中学校という教育の拠点が非常に重要であること、また同時に地域の公民館的な拠点を併設しようということでプロポーザルになりました。 私たちとしては、新しいまちの新しい学校のあり方、地域の拠点としての交流センター(流山市おおたかの森センター)のあり方、それらを複合する考え方や新しい住宅地との関係性、そういったことを含めていろいろ提案した結果、設計者として選ばれました。
「流山市立おおたかの森小・中学校」鳥瞰写真
大村真也(以下、大村):「おおたかの森」は、正式には「市野谷の森」という名称ですが、そこにオオタカが営巣していることが分かり、最寄りの駅であるつくばエクスプレス線の駅名を、当初「流山中央駅」だったのを開通5ヶ月前に「流山おおたかの森駅」と変更したようです。それによって、認知度、好感度を高め、このまちが人気になったひとつの要因にもなっています。これが流山市のマーケティング戦略の起点となり、市はマーケティング、ブランディングを担当するマーケティング課というPR組織を持っています。そして、この施設は新興住宅地とこの森の間に建つという意味で、このまちにとって象徴的な場所でもあります。
なるほど、このプロジェクトでは小・中学校の統合、地域拠点施設との複合の両方に取り組んだということですね。新しいまちの新しい学校のあり方を提案されたということですが、小・中学校の統合で工夫されたことはどのようなことでしょうか。
大村:小中学校の統合には一貫校と併設校、連携校がありますが、おおたかの森小・中学校は併設校です。一貫校の場合、一つの学園として計画できますが、併設校だとあくまでも小学校と中学校が隣にあるという状態です。例えば一貫校では特別教室などを共用することができるのですが、併設の場合、それぞれに必要になり、数とか面積の話になると、コンパクトにはならないわけです。更に、一般的な併設校は、小・中学校それぞれの領域の中にそれぞれの教室を配置していきますが、それでは統合するメリットが活かせません。 このプロジェクトではより小中学校が連携・交流できるように、科目ごとの特別教室ゾーンをつくってその中に小学校用、中学校用の教室を配置することで交流が生まれるような工夫をしています。例えば音楽室は、音楽ゾーンをつくり、地域に開放される音楽ホールを中心に小・中学校それぞれの音楽室、パート練習室を配置しています。体育館も同じものが2つ必要になるのですが、ここでは中学校用をステージのないスポーツに特化した体育館、小学校用を講堂仕様の体育館にすることで、それぞれが目的に応じて使い分けができるようになり、機能連携ができるようにしました。
教室はどのような空間構成になっているのですか。
赤松:教室に関しては、熊本の宇土市立宇土小学校の発展系という感じですね。千葉市立美浜打瀬小学校は基本的に4クラスで1つの学年ゾーンをつくって、それぞれに教室とワークスペース、中庭をセットにして、低学年棟、中学年棟、高学年棟というハウス構成にしていました。
「宇土市立宇土小学校」教室ゾーン写真提供:CAt
しかし、公立の学校、特に新しいまちにできる学校では、大きなマンションが1棟できると、1クラス増えるくらい転入生が入ってくるなど、人数の増減が非常に激しいので、時期によって一学年3クラスになったり5クラスになったりします。すると、ハウスで丁寧に対応したプランニングだと、却ってスムーズにいかなくなる。そこで例えば、今年は1年生が3クラスだからここからここまで、でも次の年は5クラスになるからここまでが1年生の教室ゾーン、というようにクラスの増減に対して比較的容易にゾーニングを変更できるよう空間を連続的にシームレスに捉えていくという方法を考えました。特に宇土小学校ではオープンスクールとして全面的に展開できるほど与条件の面積がなかった。オープンスクールは普通の片廊下プランよりも面積が必要になってきますので、じゃあ何ができるか。その面積条件でオープンにしようとするとどうしてもいろいろなところで齟齬が生じる。そこで、教室とワークスペースが少し囲われながらも、L字の壁の周りにいろいろなアクティビティが発生するようにして、さらに外部のテラスも含めて活動の場として展開していった。
「千葉市立美浜打瀬小学校」教室とフレキシブル・ラーニング・エリア写真提供:CAt
「流山市立おおたかの森小・中学校」教室ゾーン写真:吉田誠
おおたかの森小・中学校も同様で、やはりL壁がありますが、宇土小学校に比べて小・中併設校で、規模がかなり大きくなるため、もう少し面的に展開していきました。そうするとアメーバ状になんとなくこのあたりまでが1年生になったり、ここが2年生になったりと、陣取りがじわりと増減するようなイメージになりました。
教室の使い方についてですが、美浜打瀬小学校では現役の先生方とワークショップをしているそうですね。
赤松:はい、千葉工大の倉斗綾子先生と橋本都子先生が中心になられて、大学での計画系の研究の一貫として、また、教育学の佐野亮子先生(東京学芸大学)、音響の上野佳奈子先生(明治大学理工学部)にも参加いただいて、オープンスクール研究会(以下、オープン研)というチームをつくり、実際に授業の単元に合わせて、どういう風にワークスペースを使っていくのがいいか、学校の先生方と、さらに千葉工大の学生たちも一緒になってワークショップを開催しています。夏休み期間中の1日を使って行い、休み明けに実際の授業でその成果を実践してみる。そうすると、現場の先生方も、学期中は日々日常業務に忙殺されてどう使えばいいか考える時間もないしきっかけもないのですが、一緒に考えたことで、なるほどこういう使い方ができるんだとか、こうすれば子供たちも興味をもってくれるとか、いろいろな気づきがあるようです。一緒になって、考えるきっかけを議論していくような体験でした。それをやるとがらっと変わりますね。これはぜひ、日本全国の自治体、学校で取り入れていただきたいと思います。
近年、注目されているアクティブラーニングに対応するにはどのような空間を用意すればいいとお考えですか。
赤松:北欧では無学年・無学級とか、一人ひとりに時間割があるといった個々に対応する仕組みがありますが、日本の場合一斉授業はなくならないでしょう。そうすると、ある人数が一斉に集まって学ぶということと同時に、個別学習とかチームティーチングといった多様なスタイルが展開していくことになりますので、やはりオープンスペースに隣接していろいろな教材や家具、あるいは様々なスペースがある方が展開しやすいと思います。また、小学校と中学校では、学習の進め方自体も少しずつ変化していきますし、低学年と高学年でも結構違ったりしますから。
オンライン授業などデジタル化も学習環境の変化要因です。
大村:デバイスを使って多様な学習をしていくという方向性が強まるのではないかと思います。私は息子が今小学生なのですが、タブレットでする宿題と紙でする宿題の混合になってきていますし、連絡関係は基本オンラインのデータ配布です。昔のプリントみたいなものは、昨年1年間でもどんどんなくなっていくという状況が実感としてありました。
赤松:そもそもの教育のコンテンツ、あるいはその進め方自体をどうしていこうかということが今まさに議論されているところで、ただ単にタブレットを置いて今までと同じ授業をやっても意味がない。じゃあどういうふうに使いこなしていこうか、という段階だと思います。それによって学校建築もどう変わっていくべきなのかというところが、まさに議論が始まったところだという感じですね。例えば机などの備品は教科書、ノート、それにタブレットが置けるように、新しい規格のものはサイズがすこし大きくなっていて、そういうところはすでに変化しているようです。
大村:教室の設計をしていると、どうも年々教室の中のモノが増えたり、すべてが大きくなっているなという印象があります。黒板がありますが、その前に電子黒板を置かないといけなかったり、それ以外にも大きなモニターが必要だったり、タブレットの充電ステーションがあったり、一本化するわけではなく全部追加、追加になっている。先生の机周りもかなり混雑しているような状況ですね。
赤松:今は過渡期というか、おそらく5~10年くらい経つとそれらが集約されて、もっとシンプルになるのかもしれません。ただIT機器などは、どんどんものすごいスピードで変わっていくので、その都度更新できるかというと、それも難しい。今後どう対応していくのかは、予算面でも相当大変だなという気もしますね。全員に配布されるタブレットも、1年生のときのものがそのまま6年間使えるかというと、それも厳しそうですしね。
さて複合化に話を変えたいと思いますが、併設されている「おおたかの森センター」はどのような施設ですか。
大村:おおたかの森センター、音楽ホール、ランチルームが前面道路に面して、まちに飛び出したような配置にしています。おおたかの森センターは、平土間で多目的につかえるアクティビティホール、貸し会議室などがあります。このおおたかの森センターとこども図書館は指定管理者が入っていて、そこが運営管理をしています。また、1階の屋内運動場、音楽ホールやランチルームは学校施設の一部ですが、地域開放しやすい配置としています。
「おおたかの森センター」アクティビティホール写真:吉田誠
なるほど。こども図書館はどのような内容ですか。
赤松:市民のためのこども図書館なので、親御さんが就学前のお子さんを連れてやってきたり、この学校の生徒でなくても利用できるようになっています。まず、小学校と中学校の図書館があり、それとは別にこども図書館を設けて、一体的に利用できるようになっています。ただし、セキュリティの関係上、貸し出しカウンターで間を仕切っていて、カウンターにはかならず司書さんがいるので、目は行き届くようになっています。空間としては繋がっていますので、学校の図書館ではあるけれど、こども図書館の方には幼児や赤ちゃんを連れたお母さんがいるという風景があって、幼児も来館することで学校に慣れていくという効果があるように思います。
「おおたかの森センター」こども図書館写真:吉田誠
複合などによる地域の拠点化についてはどのようにお考えですか。
赤松:昔はそれぞれその土地で、寄付など地元の人たちによってその土地なりの学校がつくられていましたが、高度経済成長期にこどもが激増した時代の要請で標準設計による学校が日本全国に量産されました。それが今、まさに大量建て替えの時期にきています。ただ、今の少子高齢化の時代、同じ規模の学校を学校単位として建て替えることは財政的にも機能的にも無理が生じるといった問題もあって、徐々に流れが変わってきています。 立川市立第一小学校は、柴崎学習館という公民館的な機能を一体化、複合化しています。市長が学校を複合化することで地域の拠点にしようと打ち出した計画でしたが、そういう意味ではかなり先進的な取り組みだったと思います。単に他と同じことをするよりも独自の課題に対して何をすべきか、どういう可能性があるかを追求した結果だと思いますし、そういった自治体が確実に増えてきていることを感じています。
写真:ToLoLo studio
インタビュアー
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