新しい学校建築のデザイン

ICT活用で可能になった、まったく新しい学びの場

第2話

ICT活用で可能になった、まったく新しい学びの場

手塚貴晴+手塚由比|手塚建築研究所

2021.05.24

ティーチングからラーニングへの転換。「スポンテイニアス・ラーニング=自発的学習」の推進。ナレッジとウイズダムの分離。これらが現代のテクノロジーICTで可能になったと言う手塚貴晴+由比氏が手がけた瀬戸SOLAN小学校についてうかがった。

この4月、愛知県瀬戸市に開校した瀬戸SOLAN小学校についてお聞きしたいのですが、まず学校の教育方針からお話しください。

手塚貴晴(以下、手塚T):
これまでの学校というのは、例えば1学年全員に同じ教育を施していました。ところがその教育に当てはまる生徒は35%から40%。残りは本当は伸びるのに伸びないか、もしくは全然ついていけないかなのだそうです。それは、先生1人に生徒30人で授業しているからなんです。こうした問題を解決する方法として今、ICTを活用した教育が注目されています。瀬戸SOLAN小学校は、ICT教育推進プログラムを提供するコンサルティングで急拡大している会社が手がけるまったく新しい小学校です。
ICTの面白いところは、生徒が自分のスピードで勉強できることです。先生は漢字の書き取りを監督する必要もなければ、黒板の前でずっと算数を教える必要もない。タブレット端末が全部やってくれる。だからいままでの教室の概念がまったく崩れるし、もっと言うと教室はいらない。
いままでは教室があって、オープンスペースがあって、教室間でどういうふうに協力するかという話だったのですが、そのクラスという概念が完全に解体してしまうのです。
これは大変な変化なのですが、実は今に始まったことではありません。私は OECD(経済協力開発機構)の中のCELE(CENTER FOR EFFECTIVE LEARNING ENVIRONMENT効果的学習環境センター)というところで、講演会などを通して教育関係の人たちといろいろ討論しながら、世界はこうあるべきだという話をしてきました。実はこれと同じようなことをやろうとしていたイエナプランというのがあります。それは生徒に自分のスピードで勉強させるというものでしたが、実現が難しかった。なぜかというと、5種類のスピードになれば先生も5人必要になるわけで経済的に成立しない。例えばフィンランドのように学校教育に国が潤沢な予算をつけてくれるならまだしも、日本では絶対に不可能です。ところが漢字の学習とか算数の基本的な知識など、いわゆるナレッジの部分は全部ICTでできるようになった。
一方で先生にはどういう能力が求められるかというと、ナレッジではなくウイズダム、つまり知識ではなく知恵を教える能力です。例えば卵にはどういう成分が含まれるかといった知識はパッドですぐに調べられる。じゃあ、日本で一番美味しい卵焼きをつくるにはどうすればいいか、そういう課題を先生が出して、みんなで協力して考える。そこはウイズダム、知恵がないとできない。いかにナレッジをつなぎ合わせていくかというのがウイズダムの領域です。

  

教師の役割が変わるということですね。

手塚T:
そうです。先生の役割はグループリーダー的なものになり、これをプロジェクトベースドラーニングPROJECT BASED LEARNINGと呼んでいるのですが、グループに課題を与え先生と一緒になって解いていく。先程の卵焼きを例にすると、まず卵の産地、養鶏場を調べようとパッドで調べれば地理の学習になる。それから社会科見学として鶏がどのように育つか現地へ行って観察すれば生物の勉強、それをどうやって運ぶのか調べれば物流を学ぶことになります。学校に戻って今度は料理をするとなると、例えば卵は何度で固まるかというのは化学、調理に進んでどういう料理にするかは家庭科の領域と、実は実社会に近い体験型の学習ができるわけです。
その中で例えば料理が嫌いな人は家庭科はやらなくてもいい。いわゆる共通テストで試されるナレッジはICTで押さえているから、地理だけが好きという生徒は地理のことだけ集中すればいい。ウイズダムを考えるときは、全員を標準化して教育する必要はない。違うものを違うまま育てていこうということです。

教育の方針はわかりましたが、どのような設計になりましたか。

手塚T:
瀬戸SOLAN小学校が従来の学校とどう違うかというと、従来の教室の概念を壊してしまっていることです。これまでの教室は、特別教室型か教科教室型で、それにオープンスペースを加えたりするというものでした。また、生徒全員が前を向いて先生の話を聞くというスタイルですから、授業中は音が漏れないよう扉を閉める。ところがICTを利用することで、そういう授業が必要なくなると、従来の教室は意味がなくなる。瀬戸SOLAN小学校は、中学校だった建物を使っているのですが、教室と廊下の壁を全部取り払い、2棟の校舎と校舎の間に巨大な「ラーニングコモンズ」というコモンスペースをつくりました。

1階のラーニングコモンズ

1階のラーニングコモンズ
写真提供:瀬戸SOLAN小学校

それは、まちの広場のような空間で、中央の「ラーニングセントラル」の周りには「アレクサンドリア」という名前の図書室や「コルドンブルー」という家庭科室、あるいは「ダビンチラボ」という工作室というかモノづくりの空間などが、出店のような感じで配置されています。2階にクラスの教室はあるのですが、みんなほとんど1階で過ごすことになると思います。先生が生徒を引き連れて行動するのではなく、生徒が学びたいこと、やりたいことをベースに、例えば興味のある課題について図書室へ情報を採りに行ったり、自発的に行動するようにする。ICTが加わることによって、学校や教育の構成が全く変わる。これは少なくとも日本では初めての試みです。今回開校したのは小学校で、将来的には中学校、さらに幼稚園もつくる計画です。瀬戸市が内閣府から構造改革特別区域「瀬戸市国際未来教育特区」の認定を受けて設置される学校です。

元中学校の校舎をリノベーションしたということですが、どのような学校だったのですか。

手塚由比(以下、手塚)Y:
元は瀬戸市立本山中学校で、少子化による統廃合によって閉校となったのですが、同校は市内中心部にあって、校内に設置された窯業室で瀬戸焼の文化に触れる「もとやま工房」というプロジェクトをおこなうなど、瀬戸市にとってはとても大切な学校でした。千数百人のマンモス校でしたので空間としては有り余っていて、生徒1人当たりの平米数はかなり広い。逆に新築でこれと同じことはできないと思います。

校舎(旧瀬戸市立本山中学校)外観

校舎(旧瀬戸市立本山中学校)外観
写真提供:瀬戸SOLAN小学校

巨大なラーニングコモンズについてもう少し説明してください。

手塚T:
いわゆるコモンスペースというものとはちょっと違います。これまでのコモンスペースというのは、教室の補助として設けられた。瀬戸SOLAN小学校では単なるオープンスペースではなく、いわばコミュニティとして存在する空間となっています。逆に言うと、どこまでが教室かわからないといった感じですね。こういったスペースで問題になるのが音です。空間が閉じていないのでどうしても音漏れしてしまう。そこで高性能の吸音板を使って音環境をしっかりコントロールしました。そのため吸音ボックスと同じように、隣の部屋の音はあまり聞こえてこない。いわゆるオープン型教室の問題は、音をいかにコントロールするか。ここでは、開いていてもちゃんと音はコントロールできていて、いろいろな音が重なって暗騒音になり、空間を閉じなくてもよくなっている。

運用してみて、今後ラーニングコモンズを変えていく可能性もあるのでしょうか。

手塚Y:
今回つくったこのラーニングコモンズは変わらないと思います。ただ、教育自体は改良されていくでしょうね。もしかしたら違う要件が出てくるかもしれない。大事なことは、従来の教室があってオープンスペースがあるとか、特別教室型か教科教室型かというようなものとはまったく違う流れの教育がここから始まるということです。

教室はどのような空間ですか。

手塚Y:
2階にあります。普通は登校すると教室にいきますが、ここでは荷物を置きにいくくらいで、滞在時間はわずかとなります。壁がなくて、大きなホワイトボードがあります。椅子とテーブルがあって、好きなところでグループになったり、どちらが前か後ろかわからない、ちょっとラウンジのような空間になっています。先生が前に出て全員に話すということがないし、ここでしかできないということもない。むしろ1階で過ごす時間の方が長いでしょうね。例えば先生がグループをまとめてここでミーティングすることもあるかもしれないけど、今までの学校みたいに常時ここで授業をして、理科の実験なので特別教室に移動しましょうというようなスタイルとは全然違いますね。

2階教室風景

2階教室風景
写真提供:瀬戸SOLAN小学校

教師が重要になりますね。

手塚T:
そうですね。空間の意味、校長の意図が理解できない先生が来てしまうと、明後日の方向に行ってしまう。瀬戸SOLAN小学校は先生も特別です。三宅貴久子先生というカリスマ的な教師を招いています。この人がコアになって、この人と仕事がしたいという面白い先生ばかり応募してきた。そういう意味では私立だからできたことだと思います。実はふじようちえんもそうです。それまでは教室は分かれてないといけないとか、年齢を超えてなんでもかんでも混ざっていて大丈夫かと心配されましたが、そういうものはいらないと、全く新しい教育をやっています。
いままではウイズダムとナレッジがたぶん一つの授業の中に混ざっていて、先生はナレッジの部分ですごくすり減っていたと思います。漢字の書き取りチェックだけでも大変な作業ですから。そういうことを先生は一切しない。九九も教えない。そうすると先生は人間性、社会性の形成とか、みんなとコラボレーションする方法とか、そういったことを教えることに集中できるわけです。なにより面白いのは、生徒が自分のスピードで勉強できること。ですから落ちこぼれが絶対に起きない。

教員室はどこにあるのですか。

手塚T:
2階にありますが、先生はあっちこっち歩き回っています。部活の部長のような動き方をすると思いますね。いろいろな意味で今までの学校の概念を覆す、そういう新しい試みがあちこちにあります。音楽室もピアノがあって、カホンという箱型の打楽器を椅子にして、いつでも音楽に触れられる環境になっています。
実は昨年からプレイミュージアムという博物館の館長に就任したのですが、瀬戸SOLAN小学校はその考え方の延長線上にあると思っています。コンセプトは「子供一皿」といって、子供をお皿に載せるイメージです。こういった施設は子供を連れてきて、塾とか託児所のように親はどこかで待機しているというシーンが普通ですが、ここでは子供は大きなお皿に入って、親はその周りでながめている。もちろん一緒に遊びもします。

プレイミュージアム(PLAY! MUSEUM)の「大きなお皿」エリア

プレイミュージアム(PLAY! MUSEUM)の「大きなお皿」エリア
写真提供:PLAY!

一度東京フィルを呼んでコンサートをしたのですが、親も子も寝転がったり、自由に演奏を聴いている。音楽は整然と並んだ椅子におとなしく座って聞くものだという考えは一回捨てて、各自が好きなようにして聞く。走り回りながら聞く子もいるけど、そういう子たちも聴いていないようで実はすごくよく聴いている。実はこれも教育の一環だと思っていて、ティーチングからラーニングへの変換をめざしているのです。つまり、欲しい情報を欲しい時に自分から取りにいくということです。

いわゆる「アクティブラーニング」ですね。

手塚T:
そのとおりです。ただ、アクティブというよりスポンテイニアス・ラーニングですね。ティーチングとは先生が一方的に教え込む。でもそれは例えば水が欲しいかどうかわからないのにずっと植物に水を与え続けるようなもので、どんどん鉢から水が溢れ出ているようなことが起こる。よく木登りは、登れと言われると落ちる、自分から登ると落ちないと言われますが、それは自分で準備ができているかどうかの違い。スポンテイニアス・ラーニング、自発的学習というのは、自分が欲しいと思った時に自分で果実を取りに行くイメージで、算数も自分が勉強したいと思った時に勉強し始めるとうまくいく。先程のミュージアムも、何かをしなさいと言われてするのではなく、自分の動きでものを考えている。だからまったく違う学びの場ができるのです。自分から取りに行く、だからスポンテイニアス・ラーニング、それからティーチングからラーニングへの変換、さらにナレッジとウイズダムをまったく異なる方法で教えること、これらが現代のテクノロジーで実現できるようになったということです。ただ、それに建築が追いついていなかった。今回初めてそういう建築ができたと思っています。

今後、瀬戸SOLAN小学校のような学校が増えていくとお考えですか。

手塚T:
ふじようちえんも、当初は考え方が幼稚園教育の基準と全然違っていたため、各方面から非難されました。ところがその後、OECDから大学も含めて世界30カ国166件のリストから、世界で一番優れた学校として表彰された。おそらく瀬戸SOLAN小学校も、うまくいくと今度は小学校学校教育も変わっていくと思います。

手塚Y:
これから日本全体で子供がいなくなることを想像し、考えないといけない。瀬戸SOLAN小学校がスタートして、生徒たちが来て学びが変わっていって、それをちゃんと発信できるようになると変わっていくのかなと思います。

手塚 貴晴 てづか たかはる
1964年東京生まれ。87年武蔵工業大学卒業。90年ペンシルバニア大学大学院修了。90-94年リチャード・ロジャース・パートナーシップ・ロンドン勤務。94年手塚建築企画を手塚由比と共同設立(手塚建築研究所に改称,97.07)。96年〜武蔵工業大学専任講師。2009年〜東京都市大学教授。
手塚 由比 てづか ゆい
1969年神奈川生まれ。92年武蔵工業大学卒業。92〜93年ロンドン大学バートレット校(ロン・ヘロンに師事)。94年手塚建築企画を手塚貴晴と共同設立(手塚建築研究所に改称,97.07)。99年〜東洋大学非常勤講師。2001年〜東海大学非常勤講師。

インタビュアー

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー。生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆、ならびに展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

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