第3話
オープンスペースやアルコーブで生徒の居場所をつくる
日野雅司、栃澤麻利|株式会社SALHAUS
2021.07.05
「多目的スペース」「コモンルーム」。オープンスペースで生徒の居場所をつくることを大切にしてきたというSALHAUSの日野雅司、栃澤麻利両氏に、学校建築の現在について語っていただいた。
震災復興プロジェクトの陸前高田市立高田東中学校からお聞きしたいと思います。
日野雅司(以下、日野):
陸前高田市の中心市街地は、海抜の低いところに位置していたため、甚大な津波の被害を受けました。
このため、被災後市街地は大々的に嵩上げすることになり、復興にかなりの時間がかかりました。一方、高田東中学校は中心地から外れた東側のエリアにあり、早期に着手できたプロジェクトです。市では学校教育を止めてはいけないと、候補地の中から造成した高台の敷地を選定し、いち早く計画を進めることになりました。他の公共施設の復興が遅れるなかで、地域の方々も使えるような場所にしたいという考えもありました。
栃澤麻利(以下、栃澤):
プロポーザル時の配置計画は、地域利用しやすい状況をどうつくるかに重点を置いたため、グラウンドを取り囲むような形で建物を配置して、外から入ってきやすい1階に地域開放施設、特別教室を配置し、2階を普通教室にしていました。しかし、設計中に行ったワークショップや諸条件の変更により、検討を重ねた結果、エントランスの位置を変えて、2階から地域や外来の方が入る方がより良いのではないかと考え、1階と2階の機能を入れ替えています。
日野:
1学年2クラスの計6クラス、生徒数はトータル約200人ですので、規模としては大きくはないのですが、被災した2つの学校の災害復旧として計画されているので、計画可能な面積には余裕がありました。ただ、余裕があるからといって教室周りを太らせてしまうと、今後生徒数が減ったときに単純に余ってしまうだろうと考えて、2階に地域開放が可能なエントランスを設けて、オープンな図書スペースとしました。また、地域利用を想定した特別教室を2階の接地した所に展開させていますので、
特別教室は全部地続きで、外に出ることが可能になり、廊下に防火戸を設けて任意に切り分けて開放したり、といった使い方ができるようにしています。例えば利用が多そうな音楽室や家庭科室など、特定の教室だけ貸し出すということもできます。
エントランスホール
写真:吉田誠
教室はどのようなデザインですか。
栃澤:
1階の普通教室は、2クラスの間に普通教室と同形の「多目的スペース」という名のオープンスペースを挟み込むという構成にして、状況に応じて3クラスにできるようにしています。子供が増えることは基本的にはないのですが、統廃合などで一時的に増えることを想定した計画です。オープンスクール型の学校では普通、教室のうしろ側の廊下を太らせてオープンスペースとかワークスペースを設けると思いますが、ここではあえて横並びにしたというのがポイントです。
日野:
片廊下の反対側には水回り、先生用の教材置き場、ロッカールーム、トイレなどをまとめて配置して、余計な荷物を外に出して、教室がなるべくすっきりできるようにしています。というのは、一般に小中学校の教室はモノが溢れていることが多く、特にこの地域の中学校は部活動も盛んなため、どうしても荷物が多くなりがちです。授業に関係ないものはなるべく外に出して空間の表裏をつくり、ちゃんと使い分けしながら学校生活を送りましょうという提案です。
多目的スペースとの関係も、基本的には開け閉めできるようにしています。これは、オープンな環境で授業することに慣れている先生が少ないことへの配慮です。多目的スペースに対して固定の壁を一部残して、建具を開放するとL字型に開くようにして、完全に閉じれば通常の教室に限りなく近い状態にできるよう設計しています。無理やりオープン化しても、うまくいかないという話はよく聞いていたのですが、一方であまり固定的な壁をつくるのも抵抗がありました。仕切りは引き戸の木製建具で、軽くて遮音性能はほとんどありませんが、今のところ問題なく使ってもらっているようです。
2019年の秋、私が勤めている東京電機大学の研究室で「使われ方調査」として3日間終日張り付いてきました。教室の木製建具は結構頻繁に開け閉めしていて、開けっ放しで授業する先生もいました。このオープンスペースには電子黒板が置いてあるので、特に習熟度別の学習などには有効なようです。また、同級生たちと一緒に教室に入って授業が受けられない生徒がいて、普通は別室で授業ということになるのですが、このオープンスペースの教室に近いところで授業を受けていることもあったようです。そういう生徒たちの居場所になっていたり、想像以上にフレキシブルな使い方をされているなという印象でした。それから給食の時間は完全にオープンにして、ここで配膳をして教室で食べるという生活の場になっていました。
教室とひと続きになる多目的スペース
写真:吉田誠
栃澤:
1階と2階が廊下を介して繋がっているというところもポイントです。2階の廊下越しに見下ろすと普通教室が見えるという構成になっています。平面図を見るとそれぞれ片廊下のプランですが、片廊下同士がずれながら重なっているので、断面的に見ると中廊下になっている。ですから、右を見ても左を見ても、生徒の活動が見えるという状態です。懸念したのは、生徒数からして小規模校なので、下手をするとみんな教室に閉じ籠ってしまって、学校全体がさみしい印象になってしまわないかということでした。それを避けたくて、どこにいても生徒の活動が常に見えているという学校をつくりたかった。また、建物が囲み型をしているので、グラウンドでの活動の様子も校舎から見える。どこに生徒がいて、どんな活動をしているのか常にどこからでも見えるという学校です。
少し隠れられる場所があった方が精神的には安定すると言われています。何か考えたことはありましたか。
栃澤:
設計を始めた時期が、被災からあまり時間が経っていなかったこともあり、仮設住宅に住んでいる生徒も多く、ワークショップでは「居場所が欲しい」という声をよく耳にしました。一人になりたいとか、仲のいい友達2〜3人で集まりたいと。そこで階段の前や廊下の端などに空間の襞のような小さな空間をたくさんつくり、テーブルと椅子を置いて2〜3人で座って話せるような場所にしました。
今はかなり落ち着いていますが、開校した当初は、教室に入れない生徒が複数いまして、先生がその小さな空間一つ一つに簡単なパーティションを立てて、個別の居場所をつくっていました。今はもうそのパーティションはありませんが、フレキシブルに対応いただくことができたと思います。
震災後にできた学校ですが、避難場所として使われることもあると思います。そのための空間的な仕組みはありますか。
日野:
みなさんほとんど全員が被災者で、保護者の中には避難所の運営に関わった方もいました。小さなコミュニティなので、先生のお子さんも生徒だったり、消防署に協議にいくと、生徒の父兄だったりと、災害時の話はワークショップなどでたくさん聞くことができました。そうした情報をもとに、例えばメインの避難所になる体育館に会議室をつけました。学校施設の建設予算では、基本的に体育館は体育館、校舎は校舎として別の扱いになります。それを混ぜると面倒なことになるのですが、体育館に会議室があった方が災害時に使いやすいので、校舎から会議室の面積を体育館に移動して計画を行いました。
栃澤:
避難所として使う場合、まずボランティアの方と被災者を明確に分けないと混乱してしまいます。災害時はこの会議室がボランティア詰所になるわけです。それから、小部屋をいくつか用意していて、乳幼児をもつ母親の授乳時や、お年寄りなど具合が悪くなった時に個室として使用できるようにしています。また、支援物資の搬入をスムーズにするため、エントランス周辺はフラットで外と繋がるようにしました。さらに、地下に埋設されているオイルタンクと防火水槽には手動ポンプを設置しました。東日本大震災は3月で、朝晩はまだ寒い季節でした。タンクに灯油はあるのに、電動ポンプだったため停電で使用できなかったという苦い経験をワークショップで聞いたことがきっかけです。
大屋根が特徴的な校舎外観
写真:吉田誠
その他の特徴はありますか。
日野:
最大の特徴は木の大屋根です。これは以前私たちが手がけた群馬県農業技術センターで採用した架構方法で、長いスパンを細い製材に張力をかけながらテントのような形で大屋根をつくるというものです。この工法のいいところは、柱が少なくできるのでプランニングの自由度が高まるということです。地域住民の方々と議論を重ねながら決めていく今回のようなつくり方にぴったりの方法でした。また、群馬県農業技術センターではシンプルな切妻でしたが、ここでは2段に分けて、海への眺望を確保しています。
実は、ワークショップを始めたのが震災から2年も経たない頃でしたので、津波の記憶が生々しく、まだ海を見ると泣き出す子がいるような時期でした。ただ陸前高田は海産物など海の産業で成り立っていて、海と共に生きるまちであることを示すべきだという住民の意識があり、それが海を見下ろす南向きの斜面というこの立地を選んだ理由の一つだったそうです。そこで、とにかくこの校舎のどこにいても海が見えるようにしようと。屋根を2段に分けたのもそのためで、これはプロポーザルの時から変わっていません。
次に横浜高等学校についてお聞きします。男子校を共学にしていくために工夫されたそうですね。
栃澤:
2020年に共学化したいということで、2016年に初めて学校から相談を受けました。使いながら段階的に改修するというプロジェクトでした。当時この高校は生徒数が減少していました。つまり、教室が余っていた。その余ったスペースを使って、共学化により入ってくる女子のための設備(女子トイレや更衣室)だけでなく、生徒のためのよりよい環境をつくりたいということで、校舎建物の見直しと改修計画を一緒に考えて欲しいという依頼からスタートしたものです。
敷地内には分棟型式で複数の校舎が建っており、一期工事ではそのうちの1号館の改修を行いました。校舎は耐震改修が終わっていて、廊下と教室の間の壁に耐震ブレースが設置されていたのですが、建物中央に耐震ブレースが入っていないスパンが2スパンありました。私たちはそのスパンの壁を撤去してオープンな「コモンルーム」をつくることを提案しました。というのも以前の校舎は、教室以外に生徒の居場所がなかった。せっかく女子が入ってくるのであれば、男子と女子でコミュニケーションがとれるようなオープンな居場所が必要なのではないかと思いました。そこで教室を開くような形で、木のフレームを組んだりして生徒たちが自由にいられる場所をつくりました。
壁を撤去してつくったオープンな「コモンルーム」
写真:吉田誠
二期工事の2号館では、新しい教育に対応できる教室をつくりたいということでした。普通教室はICT化を計り、木のフレームを使いながら、緩く仕切られた個人ブースを配置した、限りなくガラス張りで中が見えているような学習室をつくりました。また、海外留学を支援するグローバル教育に特化した場所も、学校側の要望により設けています。
さらに3号館では、2教室分を使って映像学習のほか、スポーツで有名な高校ですので、映像を見ながらミーティングができるような大きなAV教室をつくりました。生徒の居場所をつくること、新しい教育のスタイルに対応すること、この2つを同時に叶えるような改修を順次進めているプロジェクトです。
プロジェクトはまだ続いているのですか。
栃澤:
2020年の共学化で入学者が大幅に増加して教室が足りなくなってしまいました。そこで私たちの設計で新築棟を1棟建てることになり、つい最近着工したところです。一番古い棟は昭和30年代に建てられたRCラーメン構造の建築で、かなり老朽化が進んでおり、早晩建て替えないといけません。来年完成する新築棟を契機に、今後の建替計画も学校と相談しながら検討しはじめています。これまでにない新しい教育の基盤ができないか、全体計画を睨みながら考えているところです。
日野:
いきなり最初から新しいプランニングを実現するのは難しかったと思うのですが、少しずつ改修を進めながら、オープンなコモンスペースの良さを実感してもらえたので、生徒数が増えたからコモンルームをやめようという話にはなりません。建設中の新築棟も、キャパシティが結構厳しいながらも、学校側からコモンルームをちゃんとつくって欲しいという要望があったので、いい方向に向かっていると思います。生徒の反応など、いろいろ結果を見てもらい、認めてもらいながらつくってきたという感じですね。もう4年以上毎週通い続けていて、理解も深まり学校とはいい関係が築けていると思います。実際、当初は二期工事までの予定でしたが、三期、四期、そして今六期までお付き合いさせてもらっています。
金沢美術工芸大学新キャンパス計画のラーニングコモンズについてもお聞かせください。
栃澤:
美大なので「アートコモンズ」と呼んでいて、学生たちの作品を展示したり講評会をしたりするようなスペースを、校内各所につくっています。
「アートコモンズ」大ギャラリー
日野:
この美大には専攻がたくさんあるのですが、その活動がバラバラではなく、これからはそれらが融合するべきなのではないか、専攻の垣根を超えたところに新しいアートの可能性があるのではないかという考えを学長はもっていました。
実際に、例えば彫刻やデザイン、またこの美大の特徴でもある工芸といった専攻では、どうしても工房も専有化されてしまい、内向きに閉じたものになりがちです。そこで共通する作業を行うための共用の施設、専攻の垣根を超えた「共通工房」をつくりました。一方「アートコモンズ」は、制作にも使えますが、基本は展示施設に近い空間で、様々な専攻が乗り入れて毎週のように展示が変わるイメージです。
栃澤:
ある専攻の学生がつくったものを他の専攻の人たちも鑑賞できる。開かれたキャンパスなので、地域の人たちも見に来る。そうやって人の目に触れることが学生たちの刺激にもなるはずです。空間としては、2層吹き抜けの大空間、平面が広い部屋、暗転できて映像鑑賞ができる部屋など、大小様々のアートコモンズを用意しています。どのアートコモンズで展示するかは学生たちが自分で考えて選ぶことができるので、学生たちの自治の空間となっていけばいいかなと思っています。
「アートプロムナード」
日野:
校舎はここも分棟形式で、2階をブリッジでつないで回遊しながらいろいろな専攻をめぐるような動線イメージです。制作系の「工房棟」は、中庭の周りに共通工房を配して、その外側に各学科、専攻の先生の部屋があるというドーナツ状のゾーニングにしています。共通工房ができると、制作の場が2カ所に分かれてしまうため、抵抗感を感じる教員もいると思いますので、なるべくその2カ所のアクセスがしやすい配置としました。
また、敷地の中央に通り抜けの動線があり「アートプロムナード」と称して、地域の人が気軽に入ってこられるようにしています。このプロムナードに面してアートコモンズを点々と散りばめて、その時々の学生たちの作品を鑑賞することができます。全体をどうやって統合し、いかに連携するかを大きなテーマにしています。
写真:河内彩
インタビュアー