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東京電力ホールディングス株式会社様インタビュー

脱炭素社会実現のための既存建築物改修時の外皮性能向上効果に関する研究について

NEBを活用した建物改修の新視点:快適性と作業効率向上で資産価値アップ

既存建築物の有効活用を目指して、建物の外皮改修に関する評価・設計方法を確立するために早稲田大学との共同研究に取り組んでいる東京電力ホールディングス株式会社の久保井大輔さん、宮嶋裕基さんのお二人にお話をお伺いしました。

久保井大輔氏(左)と宮嶋裕基氏(右)のインタビュー画像

東京電力ホールディングス株式会社 久保井大輔氏(左)、宮嶋裕基氏(右)

外皮改修の重要性と可視化による後押し

脱炭素社会の実現に向け、既存建築物の有効活用が重要視されています。建物を新築することに比べて、既存の建物を改修して長く利用するほうが、鉄やコンクリートなどの既存構造物を再利用するため建物のライフサイクルにおけるCO2排出量は少なくなります。

一方、国内のオフィスビルの多くは1980年代から90年代にかけて建設されており、これらは外皮性能(建物の外壁・屋根・窓などの断熱・遮熱性能)が低く、省エネルギー性や、室内環境の快適性にも課題があると考えられます。

現在、日本政府は、建物の省エネ性能の向上と再生可能エネルギーの導入により、年間のエネルギー収支をゼロにすることを目標とした「ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディング)」の普及を促進しています。

また、「2050年までに建築物のストック平均でZEB水準の省エネルギー性能の確保」を目標に掲げており、既存建物をZEB化すること、すなわちZEB改修の普及拡大が喫緊の課題となっています。

建物の外皮改修を伴うZEB改修は、脱炭素化に貢献するだけでなく、光熱費の削減や室内環境の快適性向上、またそれによる不動産価値向上など、建物の総合的な質の向上及び価値の向上が期待できます。

一方で外皮改修は、投資回収に時間を要し、改修効果も直感的には分かりにくいため、改修を行う際の意思決定のネックになっているのではないかと思われます。

そこで私たちは、外皮改修について定量的な評価方法を確立し、その効果を可視化することで、より効果的な設計に役立ててもらうことを目的とした研究に取り組むことにしました。

本研究を実施するにあたっては、建築環境学の第一人者であり、建物の脱炭素や快適性、ウェルネスに関して深いご知見を有する、早稲田大学創造理工学部建築学科の田辺新一先生との共同研究を立ち上げました。なお、本研究は早稲田大学と東京電力ホールディングス株式会社との包括連携協定に基づき、スマート社会技術融合研究機構(ACROSS)にて行っています。

環境実測とアンケートの結果で見る室内環境の実態

本研究では、大規模な設備改修に併せて外皮改修も予定している神奈川県内の自社のオフィスビルをモデルケースとし、改修前の温熱環境実測と建物利用者へのアンケート調査を実施しました。

まず、オフィス内の室内環境について、室温、上下温度差、窓表面温度、気流速度をそれぞれ夏季・冬季に測定しました。

その結果、外皮改修前は、夏季・冬季と共通して、室内の中央部(インテリアゾーン)と窓・外壁に面した外周部(ペリメーターゾーン)では室温にムラがあり、かつ、時間帯によって温熱環境の変化が大きい結果となりました。

外皮改修前の室内環境は、年間を通して室温にバラつきがあり、特に窓近傍は夏場の日射熱や冬場の冷気(コールドドラフト)により空調熱負荷が大きく、室内の快適性に大きな影響を及ぼしている事が分かりました。

窓改修未実施画像

窓改修未実施

窓改修実施済画像

窓改修実施済

冬季夜間の窓近傍サーモ画像
(画像上部:窓際 画像下部:サーマルマネキン)

次に、室内で仕事をする人にアンケート調査を行いましたが、外皮改修前は、一定数の人々が室内環境に対して不満と回答し、場所による温度差や上半身・下半身の温度差、特に冬季は足元の冷えなどを具体的な不満足の要因として挙げています。

これらは建物の外皮性能の低さに起因すると考えられ、室内の温熱環境が作業効率を低下させると回答した人の割合が約73%と高い数値を示す結果となりました。

これらのことから、既存建物の窓は、特に室内の温熱環境における弱点となり、室内の中央部と外周部の温度差が少ない快適な温熱環境をつくるためには、窓性能の向上が重要であることが明らかとなりました。

温熱環境の不満要因(冬季)アンケート結果グラフ画像

可視化技術とシミュレーションで省エネと快適性を明らかに

建物の外皮改修による効果を試算・可視するために、改修方法による熱負荷や消費エネルギー量の削減効果を確認しました。

BEST設計ツール(建物全体のエネルギー消費量をシミュレーションできるプログラム)を用いて、建物外皮にあたる窓の仕様と外壁の断熱材を変えて、照明機器の更新を行った場合の熱負荷を計算した結果、外皮性能を向上したことによる最大熱負荷の低減効果が大きいこと、さらに外壁の断熱よりも窓の性能向上による低減効果の方が大きいことがわかりました。

特に中小規模のビルでは、建物規模に占めるペリメーターゾーンの割合が大きいため外気温や日射の影響を受けやすく、窓の性能が省エネルギーや室内温熱環境に対して特に重要であるといえます。

次に、3D点群データやAR(拡張現実)などのXRアプリ、コンピュータシミュレーションを用いた流体の動きや熱の伝わり方などを数値的に予測するCFD解析によって、外皮改修前後における室内環境の変化を可視化する方法を構築しました。

室内空間を3D点群スキャナで3Dモデル化し、そのモデルを元に温度や気流の解析を行いました。その解析結果を、3Dモデル上やARを用いて現実空間上に可視化することで、改修による室内環境の変化を俯瞰してより具体的に理解することができます。

また、人体形状モデルを解析に組み込むことで、室内にいる人がどのように感じるのかを視覚的に把握することが容易になりました。

改修前画像

改修前

改修後画像

改修後

これまでは改修することにより、具体的にどのくらい快適になるのかを示すことは難しく、改修による効果が分かりにくかったのですが、効果を可視化する技術や環境に合わせたシミュレーション技術を組み合わせることで、建物オーナーが改修を行う意思決定に役立てて頂けるのではないかと期待しています。なお本可視化技術の詳細は、共同研究者である早稲田大学の鵜飼真成先生が日本建築学会技術報告集に投稿しております。

エネルギー削減だけではない、投資回収期間を短縮する新たな視点

既存建物のZEB化に向けた外皮改修を考える上で、どうしてもネックになるのは投資コストではないかと思います。
エネルギー消費量が低く、快適に使用できるビルへと改修しようとしても、投資回収に時間を要するのであれば実施できません。

一般的な投資回収の計算は、改修工事にかかる初期費用(イニシャルコスト)に対する光熱費削減額(ランニングコスト)から算出しますが、このランニングコストに「Non Energy Benefit(以下、NEB)」を経済価値に換算して試算すると、光熱費削減額のみでは約50年以上かかっていた投資回収期間が、約10年程度まで短縮できる推計となりました。

この「NEB」とは何かというと、エネルギー消費量の削減効果以外の価値であり、これまで投資回収において考慮されてこなかった指標です。
具体的には、今回の試算では「知的生産性」を考慮しました※1

外皮改修により室内温熱環境のムラが無くなることで作業者が快適に働けるようになれば、作業効率がアップし、それにより労働時間が短縮されれば人件費を削減できるため、大きな経済効果が期待できるわけです。
本研究では一般的なオフィスのモデルケースであり、実際には業種や作業環境、労働者の働き方によって数値は変わりますが、NEBの観点を含めた試算により投資回収期間を大幅に短縮できることがわかりました。
建物オーナーの視点で考えると、国は建物の省エネ性能によるラベリング制度を進めており、将来的には省エネルギーかつ室内の快適性が良好な環境性能の高いビルに借り手は移行し、一方で環境性能の低いビルは相対的に劣後していく可能性が高いと予想されます。

耐震・防災などと同様に、環境性能は建物を選ぶ際に考慮する重要な要素になりつつありますので、長期的な企業価値や建物資産価値の維持・向上を図るうえでも、外皮改修による室内環境の整備は今後検討すべき重要な課題だと思います。

外皮改修の費用対効果(計算結果)の説明画像

改修後の検証とさらなる可能性

今回の検討は、自社のオフィスビルをモデルとした改修前の実測とシミュレーションによる効果予測でした。

同ビルは、今後外皮改修を含めたZEB化改修を予定しています。
改修後も同様の実測を行い、効果検証やシミュレーションの妥当性を確認していきたいと考えています。また、室内の快適性や作業効率の向上に加え、カーボンの削減量や、従業員の健康性向上(ウェルネス)など、既存建物の改修によって期待できる経済効果についても掘り下げていき、外皮改修とZEB化を総合的に評価する研究を進めたいと思っています。

今回発表した研究内容が、建物資産のバリューアップにつながる重要なエビデンスのひとつとしてご活用いただければ幸いです。

国際コンペで高評価を獲得

本研究をまとめた「脱炭素社会実現のための既存建築物改修時の外皮性能向上効果に関する研究」と題した論文は、空気調和・衛生工学会や日本建築学会に投稿しております。※2
また、共同研究者である早稲田大学の丸山英寿さんがCLIMA World Congressという国際会議の期間中に実施される「HVAC World Student Competition」で日本代表として発表いたしました。

これは、世界各国の優秀な学生が空調・換気・冷暖房(HVAC)分野の研究成果を競う歴史ある国際コンペティションです。

プレゼンテーションの結果、ARなどのXR技術によって脱炭素に向けた外皮改修による効果を可視化した点が高い評価を受け、日本初となるセカンドプライズ(2位)を受賞しました。※3

  • ※1出典: 羽田正沖、西原直枝、田辺新一:知的財産性によるオフィスの温熱環境の経済的影響評価、日本建築学会大会学術講演梗概集、pp.455-458、2006
  • ※2投稿論文:
    宮嶋裕基、久保井大輔、萩谷玲香、鵜飼真成、仲西亮、丸山英寿、田辺新一:脱炭素社会実現 のための既存建築物改修時の外皮性能向上効果に関する研究、その1 既存建築物の改修前実測調査、日本建築学会大会学術講演梗概集、pp.1115-1116、2024
    萩谷玲香、久保井大輔、宮嶋裕基、鵜飼真成、仲西亮、丸山英寿、田辺新一:脱炭素社会実現 のための既存建築物改修時の外皮性能向上効果に関する研究、その2 シミュレーションによる効果検討、日本建築学会大会学術講演梗概集、pp.1117-1118、2024
    丸山英寿、鵜飼真成、仲西亮、久保井大輔、宮嶋裕基、萩谷玲香、田辺新一:脱炭素社会実現 のための既存建築物改修時の外皮性能向上効果に関する研究、その3 3D 点群データと拡張現 実を活用した見える化技術の開発、日本建築学会大会学術講演梗概集、pp.1119-1120、2024
    久保井大輔、宮嶋裕基、萩谷玲香、鵜飼真成、仲西亮、丸山英寿、田辺新一:脱炭素社会実現 のための既存建築物改修時の外皮性能向上効果に関する研究(第 1 報)研究概要および ZEB 改修技術動向、空気調和・衛生工学会大会学術講演論文集、第10巻 pp.221-224、2024
    宮嶋裕基、久保井大輔、萩谷玲香、鵜飼真成、仲西亮、丸山英寿、田辺新一:脱炭素社会実現 のための既存建築物改修時の外皮性能向上効果に関する研究(第 2 報)ZEB 改修前の温熱環 境実測とアンケート調査、空気調和・衛生工学会大会学術講演論文集、第10巻 pp.225-228、 2024
    丸山英寿、鵜飼真成、仲西亮、久保井大輔、宮嶋裕基、萩谷玲香、田辺新一:脱炭素社会実現 のための既存建築物改修時の外皮性能向上効果に関する研究(第 3 報)シミュレーションによる効果検討、空気調和・衛生工学会大会学術講演論文集、第10巻 pp.229-232、2024.9
    仲西亮、鵜飼真成、丸山英寿、久保井大輔、宮嶋裕基、萩谷玲香、田辺新一:脱炭素社会実現 のための既存建築物改修時の外皮性能向上効果に関する研究(第 4 報)3D 点群データと AR を活用した改修効果の見える化、空気調和・衛生工学会大会学術講演論文集、第10巻 pp.233- 236、2024
    鵜飼真成、仲西亮、丸山英寿、新藤幹、久保井大輔、宮嶋裕基、萩谷玲香、田辺新一:3D点群データと拡張現実を活用した中規模オフィスビルの外皮改修効果の可視化手法、日本建築学会技術報告集、第31巻、第79号、pp.1425-1430、2025
    H.Maruyama, R.Nakanishi, M.Ukai, K.Shindo, D.Kuboi, H.Miyajima, R.Hagiya, S.Tanabe:Research on Improving Building Envelope Performance During Renovation for Achieving Net Zero Society, CLIMA2025, Milano, 2025
  • ※3出典:公益社団法人空気調和・衛生工学会 :HVAC国際学生コンペティション 2025結果のご報告
    https://www.shasej.org/oshirase/2506/HVAC%20WORLD%20STUDENT%20COMPETITION2022.htm