新しい建築のおおらかさを求めて

社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。

多様性の対極にあるデータを、寛容にならざるを得ない建築といかに接続させるか

第10話

多様性の対極にあるデータを、寛容にならざるを得ない建築といかに接続させるか

砂山太一|建築家・美術研究者

2019.04.01

「おおらかであることを前提としないと建築はつくれないし使えない」という砂山太一さん。プログラマーであり建築家でもある氏が情報化とモノの世界の往還関係を語る。

AGC Studioで開催中の「鏡と天秤 ―ミクスト・マテリアル・インスタレーション―」展について、その概略をお話しいただけますか?

           

砂山太一(以下、砂山):AGCの拡張ミラー型ディスプレイ「Augmented mirror」 を使った本格的なインスタレーションがなかったということで、できるだけ大きく使ってみようと、全面ガラス張りのサイネージ空間を考えました。

使用するAGCの製品を検討するにあたってガラスもご覧になったと思いますが、建築におけるガラスについて、どのように認識されていますか?

砂山:僕の研究・活動領域においては、基本的に加工しやすいものを扱っています。また比較的ノンスタンダードな建築の形態、構造を研究する領域にいるためか、自由な形状を作り出すのが難しいガラスについては、なかなか踏み込んでいけない領域だと感じています。デジタルファブリケーションと言われる領域では、木材や樹脂、コンクリート、ちょっと頑張って溶接ができる鉄、要は職人レベルがそれほど高くなくてもできるものが対象になってきます。これらの素材は、それのみで構造を作り出すことができますが、ガラスはそれがなかなか難しい。おそらく構造があってそれに付随するものという捉え方がガラスの一般的な使い方なのかなと思うのです。一方で曲面ガラスなどを使うことによって、それ自体を自立させることや、それ自体が構造的な振る舞いをもち始めるということはあるのかと思います。そのこと自体にはとても興味があって、チャンスがあれば挑戦したいと思っています。



※ 鏡面でAR(拡張現実)を実現する拡張ミラー型ディスプレイ。通常のミラーとして十分な視認性を持ちながら、AGC独自の光学設計技術により高い鏡面反射率と明るい表示輝度を両立する。

【写真】鏡とディスプレイをつかったインスタレーションの様子

鏡とディスプレイをつかったインスタレーションの様子
写真:Gottingham

 

マテリアライジングという活動(企画展「マテリアライジング展 情報と物質とそのあいだ」)をされています。

砂山:初回は2013年でこれまでに3回企画展を開催しています。僕自身が建築領域において複雑な幾何学形態の建築物をいかにつくるかということを考える領域にいます。フランスではその領域で、例えば構造設計事務所とコラボレーションするなどしていました。そこにおける立ち位置というのはプログラマー兼建築家で、人間の感覚的なものをどう抽象化して形にするかというプログラミングを、コンピュータを用いて作り出すという活動をしていました。

【写真】マテリアライジング展 2013年 

マテリアライジング展(2013)の展覧会会場風景                       展示解説本『マテリアライジング・デコーディング』
写真:富井雄太郎                                       写真:millegraph

   

砂山:人間は形を捉えて、それを感覚的に頭の中でイメージを作り上げる。その時点で一回世界の抽象化があります。この頭の中の抽象的なイメージをコンピュータに理解させる。つまり、個人的で絶対的なイメージの世界を、他者が共有可能な言語に置き換える。プログラミングを使って、長さや角度といった共通言語に置き換えるわけです。そのプログラミングでつくったものを、もう一度現実世界に戻していく。数字で表されたものを実際の物質にどう置き換えていくか。それは木材であったり鉄、コンクリートであったりするのですが、もとの物質世界へと戻していくわけです。つまり、イメージの世界から人間の共通言語の世界へ、さらに再び物質へ帰っていくという反復運動をひたすら繰り返すというのが、僕がいた領域における建築設計のリアリティだったのです。そういう現実世界とイメージの世界、抽象世界、この3つを往還していくこと、それ自体を「マテリアライジング」と呼べるのではないかというアイデアがひらめいたのが始まりでした。

なるほど。

砂山:2005年くらいから表現領域における一部の人たちの間では、この情報と物質の往還関係のようなものが着目され始めていました。スマホが登場して、それまでキーボードとマウスで操作していた情報世界に触って操作するという、それまでとまったく異なることが一般的な次元で起き始めた時期と重なります。そこで、情報と物質、その往還関係みたいなものは、必ずしもコンピュータプログラミングの人だけでなく、一般の人たちの問題意識としても捉えられるのではないかと考え、展覧会という形で社会全般に見せることに意味を見いだしました。

     
【写真】AIによる分類と人間による分類の比較
     

AIによる分類と人間による分類の比較 
写真:index architecture / 建築知

 

2018年1月にスタートしたという「index architecture / 建築知」についても概要をご説明いただけますか?

砂山: AI技術で何ができるか模索する動きが社会現象化していると思います。これは、その1つに過ぎないのですが、AIで建築の形が変わるとか、建築の生産性が高まるということではなく、今まで建築はどういうデータをつくって、どういった知の蓄積をしてきたかというところにまずきちんとフォーカスしようと考えました。データがなければ何も始まらない。人工知能や機械学習を使うのはそれからです。そこで、建築のデータとは何かということをまず考え始めたわけです。AIの活用において問題になっているのは、そのデータをどう整理すればいいのか分からないということです。このプロジェクトは新建築社からお声がけいただきましたが、一部の建築事務所では雑誌新建築を、昔はプロジェクトごとに分割し、それに物理的にタグ付けして整理棚をつくり、プロジェクトの要件ごとにそれに見合った類似のプロジェクトを引き出すというシステムで運用していたようです。実はそのシステムこそが、データベースと機械学習、人口知能のシステムであって、建築の知における最初期段階のシステムなのです。ですから、それをオートメーション化したらいいのではないかと取り組み始めたところです。『新建築』の雑誌データをデータベース化するというのは、とてもオーソドックスな作業で、今までデータベース、アーカイブについて、さんざん議論されてきたことをそのままやっている感じです。いかにタグ付けするか、どうやって1つの文章を分類するか、さらに分類してそれを機械学習、人工知能に見せることによってそこから新たな可能性を引き出すことを目標にしています。index architectureの主眼は、このデータベースの構築であり、我々がこれで何かするということではなく、これを使ってみんながいろいろな事例をつくって欲しいということです。

意外でしたが、医療・福祉施設の仕事もしていらっしゃいます。

砂山: 父親の設計事務所が福祉施設や病院、透析施設といった建築を多数手がけています。以前からコンピュータをいかに活用するかということを考えていて、3Dモデルで検討してVRを使って施主にプレゼンするなどしています。例えば透析施設は透析用ベッドをずらっと並べる世界ですから、いかに効率よく並べるかがポイントであり、並べた状態でいかに作業が効率的にできるかを、VRを使って検討します。そういう使用者視点が特に重要な設計においては、情報技術は非常に有効に働きます。また、図面やパースもそうですが、ある程度建築的素養がないとなかなか読み取れません。父親の会社では、空間に対するイメージの能力、二次元平面をいかに頭の中で三次元にするかという能力を補完する技術として情報技術を活用していて、そこを僕が手伝っています。ただ、どういった空間が豊かな空間かという点については、結構難しい問題があります。現在、建築家の木内俊克さんと共に、福祉施設の設計に関わっているのですが、福祉施設は設計者と違う身体をもっている人たちが使う施設です。その使用者は設計者に自分の要望を伝えられない人が多いのですが、きちんと向き合わなければいけない。そして、施設の職員さんが使用者と施設をつなぐというある種の建築的な役割を果たすわけですが、その職員さんが心地よく作業できればいいのかというと、一概にそうとも言えない。そこが難しいところで、そのあたりの問題をなんとか情報的な観点で解けないかなと思っています。今までは建築家が話を聞いて、その人の感覚的な次元で建築物に落とし込んでいたけれど、データから見た他者の視点を介入させることによって、建築的判断をもう少し豊かにできないかと考えています。建築には抽象化の作用があり、曖昧模糊としたイメージをどうやって数値化するか、システムや論理の問題として捉えていく。そこに他者性という観点があって、つまり自分自身でなくても他者が再現できるということです。

データは多様性や寛容性とどのような関連があるとお考えですか?

砂山: データはかつて書籍が権力とつながっていたように、情報化は強い権力構造と結びつきます。情報抽出の次元、つまり何を拾って、何を捨てるかというところで、すでに力の構造が働いています。そういう意味では、多様性は対極にあるものなのかなと思います。ただ、情報化した人がそれを自分のものにするのではなく、それを開くことによって二次的な創発作用があるというのも情報の特質です。それは書籍が歩んできた歴史でもあります。つまり、多様性を生み出すにはやはり知識が必要だということです。一方で、知識を生み出すにはそういった権力的な構造になってしまうような作業も行わないといけない。データ化、情報化を行う人は、そのことが分かっていないと危うい世界になると思っていて、自分自身ではそういう二面性をどう取り扱うかということを常に考えて取り組んでいます。別の視点から言うと、データだけ扱っていると、比較的寛容性のない世界になるのではないかと思っています。僕がなぜいわゆる純粋なプログラマーにならないのかというと、やはりモノの世界というのは最終的にはアンコントローラブルで、データだけではとうてい無理な世界だからです。なんとかこの物理的なものを自分たちの理解可能な範疇に落とし込もうと情報化してきたわけですが、結局モノの世界と対峙するしかないから、そこにはある種のあきらめみたいなものがあります。最終的には設計通りにいかなかったけれど、これはこれで魅力的だし、使い勝手もいいから、それはそれでいいんじゃないかと。モノづくりにこだわる点はそこですね。それがある意味で寛容性なのかなとも思います。というか、おおらかであることを前提としていないと建築はつくれないし使えないとどこかで思ってしまう。そこは面白いなと思いますね。

【写真】砂山 太一

写真:AGC Studio, Akihide Mishima

砂山 太一 すなやま たいち
1980年京都府生まれ。2004年多摩美術大学彫刻学科諸材料専攻卒業、同年渡仏。建築学校にてコンピュータプログラミングを介して建築形態をつくりだす研究を行うとともに、建築設計事務所Jakob + Macfarlaneや構造設計事務所Bollinger + Grohmannで勤務・協働し、2011年帰国。2016年東京藝術大学大学院美術研究科建築(構造計画)研究領域博士後期課程学位取得。現在、東京と京都に設計制作スタジオをかまえつつ、京都市立芸術大学芸術学研究室において「芸術と社会」ゼミの他、現代芸術論、デザイン論講義を担当するなど理論的展開を行っている。

インタビュアー

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー。生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆、ならびに展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。