導入事例

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生活とガラス

31. 鏡の生まれたとき
~鏡に関するいくつかの話-2~

光るもの=反射するもの、は遥か昔から人類のあこがれの対象でした。
20世紀後半にはビル全体を覆うミラーガラスも出現します。

ガラス鏡はヴェネツィアの戦略商品だった

磨いた金属板にかわって、ガラス鏡はイタリアルネッサンスの早い時期(1300年代)に生まれました。それ以前にもガラスの反射を強調するために錫や鉛を使うアイディアがありましたが、大きな鏡を作るためには、板ガラスに透明性と平滑性が確保されていなければなりません。
フロート板ガラスの完成は20世紀になってからですが、ガラス表面を平坦に磨く「磨き板ガラス」の技術はルネッサンス以前に完成していたため、これがガラス鏡の実現に大きく寄与しました。
板ガラスの裏面に錫と銀の合金を用いて反射面を作る技術を発明したのは14世紀初頭、アドリア海の女王と呼ばれ栄華を誇るヴェネツィア共和国のガラス職人でした。完成するのに1か月も要する手間のかかる製法でしたが、裏面に反射面を作る構成は現在の鏡と同じです。
ヴェネツィア共和国にとって鏡の製法は国策上の機密で、外交のための戦略商品として現在でもヴェネツィアガラス文化の中心であるムラノ島に、工房と職人を閉じ込めて製造していました。

機密は盗まれることで世界に拡がる

金属鏡とは比べ物にならない大きさと美しい反射を持つガラス鏡は、それを自分のものにしたいと考える周辺諸国の王がいて当然です。それが隣国フランスのルイ14世(在位1643~1715)でした。
彼は領土の拡大などに野心あふれる王でしたが、さすがにヴェネツィア共和国相手では侵略や正攻法では無理と考え、ムラノ島から職人をひそかに連れ出す作戦を実行し、破格の待遇をして首尾良く自国に鏡工場を作ります。そして1682年に完成したヴェルサイユ宮殿のなかに「鏡の間」として結実させたのです。

ヴェルサイユ宮殿 鏡の間(鏡の回廊)

(写真1)

ヴェルサイユ宮殿 鏡の間(鏡の回廊)

鏡張りは写真左側の壁面。右側は庭園に向かって開かれた開口。
写真:©Io Kano

鏡の間は国内外の儀式や賓客を謁見する場所で、鏡は彫刻や豪華なシャンデリアなどの装飾品の効果を倍増させていますが、庭園からの光を受ける壁面に大きく使われることで、空間をより明るくダイナミックにしています。
鏡に映るものが暗い空間ではこの効果は期待できず、明るさが映ってこそ奥行きが生じます。鏡の間を設計した建築デザイナーは、鏡の空間利用という前例のない仕事にもこの原則を理解していたのでしょう。
ともあれこうして「鏡の間」からガラス鏡は世界に拡がっていきました。

日本の鏡文化と製造体制

日本にガラス鏡が最初に持ち込まれたのは1549年、キリスト教布教のために来日したフランシスコ・ザビエルだといわれています。
日本神話にある三種の神器のひとつ「八咫鏡(やたのかがみ)」はガラス鏡ではなく銅鏡ですが、日本文化においては姿を映すものが貴重で神格を帯びたものであるうえ、魔除けの意味を持つ場合もありました。
庶民の間に鏡が普及してからも、使わない時は箱に収納し、姿見には布を掛けるなど、鏡にはある意味畏怖の念をもって接していたことが伺われます。
1835年に現在の鏡とほぼ同じ、硝酸銀溶液を用いて銀をガラス面に定着させる方法がドイツで確立され、日本では1800年代後期にこの「銀鏡反応」を用いた鏡の製造が始まります。当初は手鏡や家具の用途であり製造設備も小規模で、ほとんど家内工業的な手作り生産体制でした。そのうちに国産板ガラスの供給も増え、質・量ともに需要が拡大し設備に大型化を求められることになりました。
銀鏡反応をベルトコンベアー上で連続的に行う自動製造は1961年に開発され、鏡の製造は以後大量生産の時代に入ります。
日本では1969年を境に、板ガラスの製造メーカーである旭硝子(現AGC)、日本板硝子、セントラル硝子の3社が自動連続生産方式で鏡の製造を始め、それまで鏡を作っていたところは鏡販売の特約店として流通を担うという分担体制ができました。

ミラーガラスとハーフミラー

全面がガラスで覆われた、ガラスカーテンウォールの建物にミラー状のガラスが使われることがあります(写真2)。

ミラーガラスによるカーテンウォール

(写真2)

ミラーガラスによるカーテンウォール

写真©木下 純

これをミラーガラスと呼ぶことがありますが、もちろん姿を映す鏡とは全く違うガラスで、ミラーガラスは透過と反射の両機能を持つガラスです。
同じような視覚的印象のものにハーフミラーと呼ばれるガラスがあり、どちらもガラスを通して明るい空間から暗い空間を見たときには鏡状になります。
一般的な透明板ガラスの反射率は約8%ですが、ミラーガラスやハーフミラーはこの反射率が強調された商品です。
ただしAGCを始め建材板ガラスメーカーのカタログにはミラーガラスやハーフミラーという商品名はありません。オフィスビルなどの外装に用いて開放感を確保しながら内部を太陽熱から守る「熱線反射ガラス」が、視覚的な結果としてミラー状のブラインド効果を持つことになります。
このガラスのビル外装には、夕方から夜になるにつれてミラー状だったガラスが透過度を増して行く美しい風景が見られます。
熱線反射ガラスは金属薄膜をコーティングする技術で、様々な色や反射率をもつ商品があります。AGCでこの最初の商品が誕生したのは1970年でした。

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