導入事例

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ガラスとは?

35. フロート板ガラスのこと-2 
~普通板ガラスからフロート板ガラスへ~

板ガラスの製法

*火づくり表面とは
*製造量のこと
*板ガラスの表と裏
*建築家と板ガラス

【No.34から続く】

ノスタルジックな「普通板ガラス」

1959年に完成するフロート法以前の透明板ガラスは、前述のフルコール法またはコルバーン法でつくられていました。
日本でフロート板ガラスが流通する昭和40年代以前の建物にはまだその板ガラスが残っているものがあります。少し波打つように見える透明板ガラスは、今ではノスタルジックな印象を受けます。これを当時は「普通板ガラス」と呼びました。(写真1)

歪みの残る普通板ガラス

(写真1)

歪みの残る普通板ガラス

ガラスの反射像に歪みが見えている
(旧英国総領事館。現在は横浜開港資料館旧館。竣工1931年・昭和6年)
写真:©木下純。

フルコール法やコルバーン法で連続的な大量生産は達成されましたが、厚板の製造は困難で、供給されていたのは1.9ミリから5ミリまででした。
その後開発された「ロールアウト法」では厚板の製造も可能になり、両面に磨き工程を加え高平坦面を実現した「磨き板ガラス」が完成します。これは3ミリから12ミリ厚が供給され(1964年資料による)、フロート板ガラス出現までの最高級品でした。
1960年前後は普通板ガラスと磨き板ガラスは並行して販売されていましたが、例えば5ミリ厚の材・工価格は普通板ガラス1に対し磨き板ガラス2.5と磨き工程がある分高価でした。
ロールアウト法は現在でも型板ガラスや網入・線入り板ガラスの製造に用いられていて、透明のものは磨き工程で仕上げられています。

火づくりの表面

このような高級品「磨き板ガラス」ですが、普通板ガラスに及ばない点が二つありました。
ひとつは磨き板ガラスの表面が火づくりのままではない点。もうひとつは磨き工程があることから最大寸法が制限される点です。
「火づくり(Fire Polishing)面」とは溶けたガラスがそのまま固まった表面のことで、最も美しい輝きと滑らかな表面を持っています(写真2)。

18世紀にはこのような大きなものもつくられた

(写真2)

火づくりの表面

どちらも火づくり表面のワイングラスとフロート板ガラス
写真:©木下純。

磨き板ガラスは、硅砂や金剛砂で摺りガラス状に表面を平坦にしたうえで、酸化セリウム等でつや出し磨きを行うため、平坦面になりますが火づくりの表面は失われます。
磨き工程を必要としないフロート板ガラスは、火づくり表面の持つ美しさと、ほぼ完全な平坦・平滑な板状を同時に実現する夢の技術だったのです。

最大寸法と製造量

フロート板ガラスは大きな建材でもあります。厚さによって異なりますが最大幅は2,980mm(6ミリ厚の場合)。 長さ方向は10,556mm(15・19ミリ厚の製造可能特注寸法)となっています(AGC建材総合カタログ2020年版による)。
製造装置の条件から約3mという最大幅以上の製造はできませんが、長さ方向は原料投入と窯の耐火レンガの寿命(約10年で一旦火を止めて再構築される)が続く限り昼夜連続して生産されるため、製造的にはその間いくらでも長くできることになります。
フロート窯一基が平均的に1日に製造する板ガラス量は、重さにして500~600トンといわれています。仮に500トンとすると、5ミリ厚換算で4万㎡。幅3mの場合、長さ13km以上の板ガラス量になります。
現実的には工場内でのハンドリングや道路交通法上の制約から長さに制限が設けられますが、約3m×10mという寸法は、鉄板と同様の最大面積を持つ建築部材と言えるでしょう。
このように窯に火が入った後は途切れることなく製造される板ガラスですが、出荷や在庫以外に製造ライン上で破壊されて熔解窯に戻されるものが一部あります。この破片をカレットと言い、ガラスを安定して溶解する上で必要な原料として再利用されます(図1)。

完成した板ガラスは一部が熔解窯に戻される

(図1)

完成した板ガラスは一部が熔解窯に戻される

ガラスの表と裏

透明板ガラスの表裏を意識したことがあるでしょうか?鏡や摺り板ガラスなどは言うまでもなく表裏があります。また熱線反射ガラスや遮熱・断熱複層ガラスはその機能を有効にするため、室内外の面が指定されています。
これらは二次的に機能を付加された結果として表裏が生まれるものですが、透明フロート板ガラスを単体で窓や家具に使う場合、設計上でも施工上でも表裏を意識する必要はありません。肉眼で見てもわかりません。
しかしフロート板ガラスにも表裏があります。
専門的には「表裏」ではなく、「トップ面・ボトム面」と呼び、その名称はフロートバス内で成形される際の上面、下面を指しています。すなわちボトム面は溶けた錫(すず)に接し、トップ面は窯内の雰囲気ガスに晒されている面です(図2)。

フルコール法とコルバーン法のイメージ図

(図2)

板ガラスのトップ面、ボトム面

高温の燃焼室は環元ガスで満たされている

現在、ガラス表面へ高度な二次加工を行う商品が増えています。例えばガラス表面に精密な印刷を行うものや、このコラムNo.16、29で述べた電磁波をコントロールするコーティングを行う場合など、表裏の判断が必要な場合があります。
肉眼では判別できない板ガラスの表裏ですが、紫外線を用いて判別することができます。

建築家と板ガラス

建築のスタイルで見ると、建築家のガラスへの興味は透過と反射に大きく分かれてきたことが感じられます。このコラムNo.34で述べたクリスタル・パレス(1851年)の設計者J・パクストンにとってガラスはあきらかに透明材料でした。その後バウハウスでモダニズムを提唱したW・グロピウスなどが透明派として続きます。
一方、1922年ベルリンで行われた超高層建築コンペ(フリードリヒ通り駅前高層建築)に応募したミース・ファン・デル・ローエ(1886~1969 近代建築の3大巨匠の一人)の案は「ガラスの性質の表現によって建築的意図が代弁可能であることを示した」(永田周太郎)といわれ、特にガラスの「反射」に着目したものでした。この計画案は実現しませんでしたが、以後ガラスによる建築表現はミースの最も中心的なスタイルになります。
板ガラスは構造や他部材との納まり(Detail)がデザイン上で重要な設計要素となるため、「God is in the details=神は細部に宿る」の言葉を実践したミースの作品は、ガラスが建築と一体化する美しさがあります。
代表作といわれる「バルセロナ・パビリオン」や「ファンズワース邸」はどちらも平屋ですが(写真3)、そこでミースの建築のスタイルである「モダニズム」、「ユニバーサル・スペース」、「Less is more」などのキーワードには板ガラスが大きく寄与していると思います。

バルセロナ・パビリオン

・バルセロナ・パビリオン
写真:©木下純。

現在でもヨーロッパの都市の古い建物に見ることができる。

・ファンズワース邸
Library of Congress, Prints & Photographs Division,
photograph by Carol M. Highsmith

(写真3)

フロート板ガラスが一般的に流通するようになったのは残念ながらミースが晩年のころでしたが、21世紀の現在、大規模な建築、特にガラスカーテンウォールは新しい工法の開発や、様々な機能が付加されて、その基になるフロート板ガラスは建築のデザイン意図を表現する最も大きな要素になっています(写真4)。

新しい工法によるガラスファサードの一例

(写真4)

新しい工法によるガラスファサードの一例

ドイツ ベルリン中央駅
写真 ©木下純

参考資料
永田周太郎 「ミース・ファン・デル・ローエの初期設計作品における表現性に関する研究」

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